無理、なんだ‥‥




「ロックオン、フショウ!ロックオン、フショウ!」



ハロの通信を聞いた時、一瞬だが、目の前が真っ白になった。



戦闘中も、デュナメスがヴァーチェを庇って攻撃を受けた瞬間から数分の間、戦っていた記憶がな
い。ハレルヤに替わっていたのかと思うほど敵の姿を置い、過剰にビームライフルを乱射した。敵
部隊の撤退信号を視認して、漸く我に帰る。その時、GNシールドがクローに変わっていなかったか
ら、僕はずっと僕のままで戦っていたのだとわかった。

「みんな無事か!?」

ラッセから通信が入って僕はすぐにデュナメスを振り返った。

「デュナメス、ソンショウ!デュナメス、ソンショウ!ロックオン、フショウ!ロックオン、フシ
 ョウ!」

「各ガンダムはヴァーチェとデュナメスを回収!急いで!!」

スメラギさんの声に返事をする間もなく、僕はキュリオスを半飛行形態に変形させ、衝撃を加えな
いように慎重に、しかし手遅れにならないように迅速に、デュナメスをプトレマイオスに運んだ。





――手遅れって…なんだ‥‥



  この血は

              なんだ




 ◇◆◇


襲撃を受けてから48時間。
何度かブリーフィングが行われ、国連に配備された新型の機体に対するこれからの対処、これから
はヴェーダのバックアップを抜きで活動をするということやそれに伴う事柄について事細かに説明
をされた。

デュナメスが攻撃を受けて、ロックオンが負傷してから48時間。
彼は未だに目覚めない。





「アレルヤー、少しは休めー!」

デュナメスのコンテナ内で、僕は作業用スーツを着てデュナメスの修復に当たっていた。

「まだ始めたばかりですよ」

イアン・ヴァスティの声に振り返りはせず答える。しかし彼は「違う」と言った。

「デュナメスの修復は、だろうが。お前さん、一昨日から食事も睡眠も取らずにキュリオスの修理
 をして、終わったと思えば今度はデュナメス。ちったぁ休め。いくらお前さんの身体が丈夫にで
 きてるからって限度があるだろ…!」

「食事ならゼリーで済ませました。大丈夫です」

本当に。大丈夫なのだ。疲れもないし、空腹も何も感じない。
ジジジ、と目の前で火花が散っている。黙々と接合作業を続けていると、急に横から腕を掴まれた。
見ればイアンがいた。

「何するんですか。危ないですよ」

怒ったり驚いたりという感情の起伏は自分にはなかったが、イアンさんの浮かべた表情には少しだ
け首を傾げた。彼は言う。

「休め、アレルヤ。落ち着かんのはわかるが、ロックオンが目覚めた時、自分よりやつれた顔のお
 前さんを見たらきっと傷つくぞ」

「っ!!」

「な?」

僕は一度、目蓋を伏せてイアンさんから目を逸らし、

「――…すいません」

器具はそのままでデュナメスのコンテナを離れた。



しかしどこにも行く気がなく、自分の部屋に戻る気にもなれない。
プトレマイオス内をさ迷っていると、通路の突き当たりにティエリアの姿を見つけた。
暫く彼の後ろ姿を見ていると、不意に彼が振り向いた。

「っ、――…アレルヤ・ハプティズム‥‥」

そのまま無視して去ってしまってもよかったのだろうけれど―――むしろそのほうがよかったのだ
けれど、僕はティエリアのいる方へ近づき、静かに向かい合った。

「どうしたの、ティエリア。こんな所で」

「‥‥‥‥‥‥‥」

ティエリアは答えない。顔を逸らして唇を噛んでいた。
僕はぼんやりとそういえば、と思い出す。

此処は人革連の超人機関を襲撃するかどうするかでハレルヤと言い争った場所だ。彼の声は一昨日
の戦闘の最中から聞いていなかった。

「ハレルヤ…」

声に出して呼びかけてみても応じるものはない。代わりにティエリアが僕を睨みつけた。

「こんな時に神を讃えるというのか…!ロックオンが未だ目覚めぬというのに!!」

「ひどいな、誤解だよ。今のはもう一人の僕に呼びかけただけ」

――あれ?苦笑したつもりなんだけど、上手く表情が動かない…

せめて声だけはいつもの僕みたいに優しく作らなくちゃ。

「ごめんねティエリア。あの時、僕がハレルヤと替わっていたらあそこまで危ない状況にはならな
 かったかもしれないのに…」

――うん、いつも通りの僕だ。



だけど、なんだろう…。

段々と頭の中を真っ黒な何かが埋め尽くしていく…――

「自惚れるな。あれは…僕の責任だ。ヴェーダに起きた異常を冷静に受け止めきれなかった僕の…」

ティエリアは言う。今にも泣きそうな顔をして。
僕はそんなティエリアをただ眺めている。



真っ黒な何かは僕の頭の中を支配する。



「ロックオン・ストラトスの負傷は、僕の…――うっ!」

「君の所為だ。―――そう言えば、満足?」

真っ暗な宇宙の見える特殊ガラスの壁に、線の細いティエリアの体を押しつける。左手で首を絞め
て、右手は固く拳を握った。

「か、ハッ…!!」

「君の所為でロックオンは負傷した。“誰にも死んでほしくない”。確かにそれはあの人の願いだ
 った。勿論僕も。だけど…っ!!」

右手に握った拳をゆっくりと肩の高さまで上げていく。

「だけど、それは…あの人が、ロックオンが生きていてこその願い…!」

最後に一際強く、拳に力を込めた。

「ティエリア、君の所為で…君の所為で‥‥」

――もしもあの人が死んでしまったら…

「許さない、ティエリアぁぁぁぁッ!!!!」

「やめろアレルヤ!!」

ピタッ、とティエリアの顔に握り締めた拳が届く前に僕の体を動きを止める。ティエリアは緩んだ
僕の手から逃れ、ゲホゲホと咳き込んだ。

「ロッ…ク、オン‥‥?」

振り返った先に、フェルトの手を借りて立つロックオンの姿があった。

「フェルト、サンキュ。ティエリア、大丈夫か?お前、怪我は?」

「ない。貴方のほうこそ…」

「ティエリアに怪我がないなら、構わないさ」

ロックオンは僕の横を素通りしてティエリアに左手を差し出した。その表情は笑っている。

「フェルト、悪いがティエリアを部屋に送ってやってくれないか?」

「でも、ロックオン…――わかった。行こう、ティエリア」

「悪いな」

フェルトと一緒に、ティエリアは通路を進み、角を曲がって姿が見えなくなった。

暫しの沈黙。

48――49時間ぶりに見るロックオンの姿は、それはそれは痛ましい姿だった。

右足には添え木をし、右腕は首から下げた布で吊っている。羽織っただけのワイシャツの下には腹
部に巻かれた包帯。
何よりも衝撃的なのは頭に巻かれた包帯、そしてそれは彼の右目まで覆う。

「ロックオン…――」

僕の声に応えてロックオンは正面から僕に向き直る。包帯に覆われていない左の瞳は怒っていた。

「アレルヤ、お前、ティエリアを殴ろうとしたな」

「っ‥‥」

「なんでだ。いや、理由は聞こえていたが、さっきのやり方は許せない」

「、ごめんなさい…っ」

ごめんなさい、ごめんなさい…。僕はただ謝り続けた。頭の中を埋め尽くしていた黒いものは欠片
もなく消え去り、今はただ後悔だけだった。

「ごめんなさい…ごめんなさい…。僕、ティエリアに酷いこと…っ。貴方が死んでしまったらって
 考えたら、もう、何もわからなくなってしまって‥‥!!」

両腕で頭を抱え、膝を折る。うずくまるように体を屈めると、ふわりと温もりが僕を包んだ。消毒
液や薬のスーッとした匂いに混じって、ロックオン自身の柔らかい甘いような匂いがした。

「わかってる。自分で止められなくなったことくらい。お前、我慢し過ぎなんだよ。だからあんな
 風に爆発しちゃうんだ」

「ごめんなさい…――」

傷に響かないように、ゆっくりと彼の躯に触れる。僕を包み込む温もりは確かに彼のものだ。
僕は目を閉じてロックオンの胸に耳を当て、トクントクンという鼓動に、意識を委ねる。
暫くして、ロックオンは口を開いた。静かに告げる。

「――…ハレルヤが、助けてくれた」

え、と僕はロックオンの腕の中から顔を上げた。

「衝撃で気を失っている間、俺は走馬灯のようなものを見た。ガキの頃のこと、裏社会で暗殺をし
 てた頃のこと、デュナメスのパイロットを始めた頃のこと、それから…――」

――お前と一緒にいた時のこと‥‥

僕はロックオンの腕から離れ、逆に僕が彼の躯を優しく抱く。

「俺は、ぼんやりと思ったんだ。“こりゃ死んだかな”って…。諦めて、目の前にぽっかりと開い
 た暗い穴に入ろうとした時だった」

ロックオンの左手が、前髪の下から僕の顔の右半分に触れた。決してそちら側を晒さぬように、け
れどもう一人の僕に呼びかけるように…。

「ハレルヤが、俺の腕を掴んで言ったんだ。『死ぬな。また俺をアレルヤの中だけに閉じ込めるつ
 もりか。またアレルヤを俺に依存させるつもりか』って。『お前がいなくなったら、俺たちの世
 界は、また俺とアレルヤだけの世界になっちまうんだ』って」

「ハレルヤ、が…?」

「幽体離脱、みたいなもんなのかな。よくわかんないけど、でもそのお陰で俺は戻ってこれた」

やっと微笑んだロックオンに、僕もまた涙を堪えながら微笑む。

「ハレルヤはきっと、貴方と一緒にいたんだね。この二日間、僕の中にハレルヤはいなかったから」

――ありがとうハレルヤ。ロックオンを助けてくれて。



「アレルヤ…」

ロックオンは、僕の胸を押して自らの躯を遠ざけると、不意に顔を逸らした。彼の左手が彼の右半
身を撫でる。

「俺、いま、右腕が動かないんだ…」

ぽつりと呟かれた言葉は、しかし小さな声に反して大きな事実を告げる。

「右腕だけじゃない。右目の視力も、戻るかどうか危ういらしい…」

それは狙撃手として活躍していた彼にとって致命的なことで。
真っ白な包帯に包まれた姿を見て、嫌なことだと考えていたけれど。実際にその現実を突きつけら
れると、愕然としてしまった。

「疑似太陽炉の赤い光は、幹細胞に異常を来すらしいから、もしかしたらもう一生、このまま戻ら
 ないかもしれない」

ロックオンの躯が小刻みに震え出す。僕は手を伸ばし、抱きしめようとしたけれど、ロックオンの
左手がそれを拒む。

「俺…、俺…、もう…ガンダムに乗れないかもしれない‥‥。アレルヤと、一緒に戦えないかもし
 れない…!」

「ロックオン…」

「俺はただの役立たずになって、お荷物になって…――俺は…ここに…いられない…っ!アレルヤ
 とハレルヤと一緒に、いられない…っ!!」

「ロックオン!」

無理矢理左手を捕まえて、少し強引に引き寄せた。痛みに彼の表情が歪むが、それ以上に涙を流し
た表情はひどく辛そうだった。

「戻って、来たのに…死ななかったのに。アレルヤと一緒にいられないなら、死んだのと同じだ…っ!」

僕の首に左腕をまわして、すがりつくように胸の中で泣きじゃくるロックオン。その背中を強く抱
きしめて、擦って、耳元で言い聞かせた。

「大丈夫。大丈夫ですよ、ロックオン。貴方の怪我はちゃんと治ります。僕もハレルヤも、ずっと
 傍にいます」

『俺もアレルヤも、お前を愛してる。お前が死んだら俺達も死ぬ。生きていても死ぬんだ』

「だから、ね?ロックオン。笑って?僕にキスさせて?」

『笑って。俺にキスさせろ』



ロックオンは徐々に泣き止んで、泣き腫らした目で僕と俺を見上げると微笑み、静かに目を閉じた。



包帯をほどいた右目の瞼と、薄く開いた唇に



そっと  優しく



キスをした





無理、なんだ

貴方がいないのも

お前がいないのも

二人がいないのも



誰か一人がいないだけで、世界はひどく

乾いた  色のない  狭い

世界になる



無理なんだ

愛する人を失って生きるなんて



無理なんだ――



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ってぇ、よかったロックオン死ななかった!!と思ったら、あああああああ(号泣)
リアルタイムで23〜25話は観ず、最終回終わってからまとめて観ました。けど、限定待ち受けとか
サイトさんのネタバレとかでなんとなくどうなるのか知ってたんで、23話の放送後は部屋真っ暗に
して某友人Dにメールで深夜まで慰めてもらってました。マジ感謝。

2003/03/02

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