その灯りを消して。暗闇の中の本質が君には見える? トレミーの通路。何もない、人もろくに通らない場所にアレルヤが一人、ぽつんと立ち尽くして いた。 「アレルヤ、どうした」 「っ、‥‥ロックオン…」 初めハッとした表情でこちらを見たが、すぐに微笑みを浮かべる。 「なんでもないです」 「なんでもない…って感じじゃなかったみたいだけどな」 低重力の空間に漂っていた涙の粒を指でつついてみせる。アレルヤはその様子を見て苦笑する。 「俺でよかったら話聞くぞ?」 「――…ロックオンは“出来損ないの改造人間”にも優しいんですね…」 「――…ミハエルって次男坊が言ったことか…」 「ホントのことなのに、僕、なんか…すごくショックで‥‥。わかってたのに、自分が“出来損 ないで、ちゃんとした人間じゃない”って…」 「何言ってんだよ。お前は、その…確かに変な実験受けて、人革連の超兵に変な影響受けちまう けど…でもそれは、アイツに言われることじゃないだろ」 「どうしてロックオンは怒らないの…?僕がこんな所為で、キュリオスを何度も鹵獲されそうに なったし、ロックオンだって、危ない目に遭ってきたじゃない!!」 「でもそれは俺たちがフォローしてやるべきことだ。少なくとも俺はそう思ってる。―――俺は アレルヤが改造人間だなんて思ったことないよ」 「ロックオン‥‥」 「気にするなよ。俺もあまりあの兄弟は馬が合わなさそうだと思ってたし」 ヒラヒラと手を振って苦笑いを浮かべる。アレルヤは少し安心したように、詰めていた息を吐い た。 「ですよね。妹さんは刹那にキスするわ、弟はロックオンにナイフを向けるわ、だし…」 「あーあれなー…」 「?ロックオン‥‥?」 アレルヤはその時、ロックオンの浮かべた表情に自嘲のようなものを読み取って声をかけてみる。 「ん?」となんでもないような声を返す彼にアレルヤは尋ねる。 「どうしました?」 「何が?なんだよ、そんな心配そうな顔して!俺は大丈夫だぁって!」 「本当に?」 無理に笑顔を作っているように見えて、アレルヤは余計にロックオンが心配になる。 アレルヤの視線に根負けしたロックオンはがしがしと頭を掻いて息を吐いた。 「“ニヒル野郎”」 「…って、あの時ミハエルが貴方に言った言葉ですよね…?」 コクン、とロックオンの頭が上下する。 「アレルヤはニヒルの意味、知ってるか?」 「えっと‥‥“かっこつけ”とか…?」 「ほぅほぅ、つまりアレルヤは俺をそんなふうに思ってる訳だな?」 「ち、ちがっ!違います!!いたたっ!」 ロックオンにほっぺたを引っ張られてアレルヤは必死に逃げ出す。 パッと手を離し、ロックオンは言う。 「“虚無的”って意味だ。人生や世界を虚しいもんだと思ってる奴に言う言葉だよ」 「それって‥‥」 「あん時はびっくりしたわー。まさか見抜かれるなんてねー…」 え?、とアレルヤはロックオンの横顔を見た。 彼は足元を眺めながら語る。 「俺さー、正直、なんでガンダムに乗って戦争根絶なんてしてるかわかんないんだよねー。刹那 もさぁ、なんかガンダムに固執してるみたいだし、ティエリアもヴェーダに一途だし…他のクル ーも、みんななんかしら思いがあって此処にいる」 アレルヤは途端に怖くなる。目の前のロックオンが、急に別人に変わったような感覚がしたから だ。それはきっと彼の顔に張り付いている無表情の所為だ、と気づく。 「けど俺は、別に何も持っちゃいないんだ。信念も目的も恨みも…。ただ此処で食わせてもらっ てるから命令には従うし、誰かといざこざ起こす気もないから人当たりよさそうに振る舞っちゃ いるけど、実際はどうだっていい」 「そんな‥‥貴方はそんな人じゃ‥‥っ」 「どうしてそう思う…?」 「だって‥‥前に貴方は“テロが憎い”って…!」 無表情のまま自分を見つめるロックオンに、アレルヤは以前、ロックオンがティエリアに言った 言葉を思い出して答える。しかしロックオンは、まるで遠くを見るような目付きで天井を見上げ ると「あぁ、あれか…」と呟いた。 「確かにね、言った。だけど、本当はわからない」 「“わからない”?」 「あぁ。確かに俺は、両親をテロで殺されてテロリストを憎んだ。けど今は自分が人殺しで、そ れを割りきろうとしてた心と、責めてた心とがぐちゃぐちゃになってわからなくなっちまった。 たまにカッとなることもあるけど、やっぱりわからねぇ…」 そうして彼はククッと喉奥で笑うと自分の手の平を見つめて言った。 「もしかして俺、もう二代目なのかもなぁ‥‥」 どういう意味なのか。訊ねたくても何故か声が出ない。それはきっと頭の隅で答えがわかってい たからだ。 その答えを聞きたくない。 聞きたくなかったけれど、ロックオンは僕を見て言った。 「俺さ、実はクローンがいるんだ」 僕が完全に思考を停止してしまっているのに気づかないわけがないだろうに、彼はそんなことは 気にも止めずに言葉を続ける。 「俺が使い物にならなくなったら、組織は俺を捨ててもう一人の“俺”をデュナメスのパイロッ トにするんだよ。―――…もしかして俺が命令に忠実で人好きでいるのは、俺がもうオリジナル じゃなくて二代目のクローンだからかもな…。無意識に消されるのを怖がってるのかもしれない」 ロックオンの声が止んで沈黙が降りた。 翡翠色の綺麗な瞳がゆっくりと僕を見る。 ひどく冷めた目線。 僕はその視線を受け止めて、震える唇を開こうとした―― ピピピッ!ピピピッ! 甲高い着信音がして、ロックオンは通信機を腰のベルトから取り出した。 その通信機の音が、まるで夢から引き戻す目覚まし時計のように、僕の身体の硬直を解く。 「ミス・スメラギからお呼び出しだ」 ロックオンはそう言うと大きく伸びをして僕の頭をくしゃりと撫でた。 「お前の悩みを聞いてやる筈だったのに辛気臭い話になっちまって悪かったな」 僕の顔を覗き込んで笑う彼の表情はいつもの彼で。本当に今の数分が夢だったのではないかと思 う。 しかし別れ際の彼の一言が、すべて現実なのだと僕に知らしめた。 「――…俺がもしもミッションにしくじって死んだとしても“ロックオン・ストラトス”は帰っ てくる。だから俺の心配なんかよりも、自分のことを守りな」 離れていく彼の手を捕まえることはできなかった。 長い髪を揺らし、通路を曲がって消えるロックオンの後ろ姿を見送って、ただ茫然と立ち尽くす。 どれだけの時間そうしていただろうか。 「邪魔だ、アレルヤ」 背後から声をかけられて振り返る。 「せ、つな…?」 そこには刹那が不機嫌そうな顔をして立っていた。しかし訝しげな目で僕を見上げると、言った。 「?泣いているのか…?」 「っ!!な、なんでもないよ!!ごめんね、僕、部屋に戻るよ」 僕は慌てて、いつの間にか流れていた涙を拭い去るとその場を立ち去った。 部屋に戻っても、ロックオンが“死ぬ”と言った声が、ずっと頭から離れなかった。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 当時ロックオフと呼ばれていた彼が誰なのかわからなかったことと、「ニヒル野郎」の意味正確に 捉えられていなかったことから生まれたネタです。まさか本当にロックオンが死んで再びロックオ ンが戻ってくるなんて思っていなかったころのお話。。。 2008/02/08 |