二度あることは三度ある 七転びナナ起き ナナシはリビングのソファーに腰掛けながら時計を見た。時刻は昼の二時。ナナシの膝の上には読み 終えた小説と、テーブルには空のティーカップがあった。 「――…遅いな‥‥」 そう呟いてからハッとして頭を左右に振る。本をテーブルに叩きつけるように置いてキッチンに立っ た。けれどやはり時計が気になるようで壁に掛けた小さな時計をチラチラと見る。 実はナナシは昼食を摂っていなかった。ホットケーキの材料は揃っているのでいつでも作ることはで きるのだが、何故かそうしない。 ナナシは待っていた。 「‥‥何かあったのか?」 リビングに戻ったナナシは暗紅色の携帯電話に手を伸ばす。 「いや、奴にも奴の用事があるんだ。きっと今日は俺なんかに弁当を届けるより店の用事が…――」 プルルルル…。 手にしていた携帯電話が鳴り出した。開いて通話ボタンを押す。 『あ、もしもし?ナナシ?』 この携帯電話に掛けてくる相手は一人しかいない。 「何の用だ、アリー」 ナナシは無表情で答える。 『弁当遅くなって悪ィ!今から持ってくけど昼飯食っちまったか!?』 「いや、まだだが…」 『そいじゃ今から持ってくわ!!じゃ!!』 「ちょっと待て余計なおせわ…――チッ、切ったか」 ナナシは携帯の画面を眺め、やがて暗くなった画面に映った自分の表情が微笑みを浮かべていたのに 気づくと再び頭を左右に振った。 携帯電話をテーブルに置き、ティーカップをキッチンに片付ける。 しばらくして玄関のチャイムが鳴った。ナナシは早足で玄関に向かう。 「アリーか?」 「おー!悪ィな遅くなって!!」 ナナシが玄関の扉を開くとそこには『AEU弁当』のロゴが入ったビニール袋をぶら下げたアリーが 笑って立っていた。しかしナナシは一度驚愕に切れ長の目を見開き、再度アリーの全身をじっと見る。 「お前…その怪我はどうしたんだ‥‥!?」 ナナシの言う通り、アリーは怪我をしていた。満身創痍と言えるほどの大怪我だ。 額と頬には絆創膏。首、左肩、右腕の肘から先には包帯を巻いていた。それ以外にも小さな擦り傷は 無数にある。 「“どう”って…別に?」 「巫山戯るな!」 「ぅおっ!!だって話すと長ぇんだよ…。えっと―――」 いつもの時間にアリーは店を出て、ナナシの家に向かって歩いていた。 途中、どこかから切なげな猫の鳴き声が聞こえ、周囲を見渡すと木から降りられなくなった仔猫を発 見した。 あまりに可哀想な様子に、アリーは弁当の入った袋をを傍の塀の上に置き、木登りを開始する。 木の天辺まで行き、猫を抱きしめるが恐怖からパニックになっていた猫は暴れ出し、アリーはバラン スを崩して木から転落してしまった。幸いなことに擦り傷と、肩を強打しただけで済んだ。 けれどアリーはツイていない。 取り敢えず置いておいた弁当がカラスの餌食になっていたのだ。 アリーはカラス達と格闘するも、腕や顔をつつかれ、逃げるように一度店まで帰った。 新しく弁当を作り直し、出直したアリー。しかし今度は子どもが風船を飛ばし、木に引っかかって泣 いてる場面に出会う。 アリーは携帯電話の時計と泣いている子どもを見比べ、「俺に任しとけ!」と力強く胸を叩いた。子 どもに弁当を預けて本日二度目の木登り開始だ。 風船を取り、木の下で待っている子どもを見ると、子どもは野良犬に囲まれて半泣き状態だった。ど うやら腹ペコ犬らしい。 アリーは木の真ん中まで降りてくると、ついに子どもに襲いかかろうとした野良犬に向かって飛び降 りた。シッシッと払った手にガブリと噛みつく犬。 既に痛手を負っていたアリーは子どもの手を引いて逃げ出す。安全な所まで逃げ、お母さんの所に帰 るという子どもを見送る。弁当の中身はぐちゃぐちゃだった。 仕方なくまた店に戻るアリー。 「親父、今日は諦めたらどうだ?二時だぜ。もう飯食ってるって」 パトリックの言葉に応えもせず、黙々と弁当箱におかずを詰めていく。アリーの全身は包帯と絆創膏 だらけだった。 「親父だから動けちゃいるが、普通なら絶対安静の大怪我だってわかってんのかよ」 「どーせ俺は体力馬鹿だ。そして俺の息子のお前は馬鹿だ」 「体力馬鹿じゃなくて!?」 答えをはぐらかし、アリーは携帯電話を取り出す。ナナシに連絡を取り、パトリックの制止も振りき って颯爽と店を出て行った。 「ま、そんなこんなで弁当持ってくるのがこんなに遅くなっちまったわけだが…」 ナナシは黙ってアリーの包帯巻きの手から弁当の入ったビニール袋を受け取る。その口はへの字に曲 がっていてかなり不機嫌そうだった。 「なんだよ、怒ってんのかよ。だから遅くなったのは悪かったって…」 「――…なんで来たんだ‥‥」 「へ?」 「なんでそんな怪我をしてまで来たんだ‥‥!!」 深くうつ向いたナナシの表情は、彼の長い前髪に隠れる。 「――来なくていいのに‥‥そんな、怪我して…――」 「おい親父!弁当届けたなら帰るぞ!!…ったく、ただの配達なら俺がするってのに無理ばっかしやが って」 その時のナナシの声はアリーを追いかけてきたパトリックの怒鳴り声にかき消された。ナナシはパト リックを見、それから視線をアリーに戻して彼を真っ直ぐ見上げる。 「パトリック君。ちょうどいい、この馬鹿蟻を頼む」 「はぁ!?誰が蟻だ!!」 「怪我が治るまで絶対に家に来るな。治っても来なくていいが…」 「ちょっ、ナナシ…!」 アリーを玄関の前から押し退けて、ナナシは強引に扉を閉めようとした。 完全に扉が閉まる寸前、ナナシの小さな呟きがアリーの耳に届く。 「そんな怪我をさせてまで、お前の弁当を待っているのは嫌だ‥‥会いたがる自分が嫌だ」 冷たい扉が閉じられ、アリーはハッとして扉を叩いた。 「ナナシ!」 『早く帰れ馬鹿!!もっと怪我を増やしたいのか!!』 「行くぜ、親父」 パトリックにはナナシの言ったことは聞こえなかったらしく、ただ諦めが悪い父親に呆れて無理矢理 アパートの階段を引きずって降りていく。 アリーはグシャグシャに頭をかき回しながら車の助手席で呻いた。パトリックが呆れながら車のエン ジンを掛ける。 「あーもー!どうして俺はいつもぉぉぉ!!」 「(めんどくせー親父だ…)」 車を発進させようとしたその時だった。 「アリー!!」 アパートの階段を駆け降りて、ナナシがやって来た。アリーは助手席の窓を開ける。 「ナナシ!?」 ナナシは車の脇まで走って来るとアリーに「手を出せ」と言った。言われた方は大人しく、包帯を巻 いていない左手を出す。 その手の平にナナシは子どもの拳大の容器を渡した。 「モレノの特効薬だ。擦り傷によく効く。使え」 「ナナシ…」 「じゃあ、な‥‥」 ナナシはそれだけ言ってアパートに帰っていく。一度も振り返らずに部屋に入っていった。 「薬、かぁ…。早く治せってことじゃねぇの?」 ブレーキを離し、アクセルをゆっくり踏み込みながらパトリックが漏らす。 アリーは情けなく惚けた顔をして大事そうに、ナナシに渡された容器を手の平で包んだ。 -------------------------------------------------------------------------------------------- 馬鹿だけど頼りになる大人代表、アリー。AEU親子は商店街の人気者でしょうね。 あ、たぶんこの話言ってないですよね? ナナシさんはケータイを二台持ってます。前に使っていたポケベルは諸事情により壊れてしまったの で。 一台はロックオンがくれたケータイ。アレロクの電話番号はもちろん、仕事にも使います。 もう一台はアリーがくれたケータイ。こちらはアリー専用(笑)かかってくる電話もメールもアリーの みです。 今回使用されたのはアリー専用のほうです。 …なんか、アリー専用って、ザクとかイナクトみたい(笑) 2008/05/13 |