間違った親友の頼り方 漆黒の髪を洗い終え、体を洗うスポンジを泡立てていると、脱衣所のドアが開く気配がし、風呂場 のガラス越しに人影が立った。 『皿洗い終わったぞー』 「いちいち報告に来るな。子どもかお前は、って…――!!」 スッ、と冷たい空気が肌に触れる。反射的に振り向いたナナシは開きかけているガラス戸を押し返 した。 「開けるな馬鹿!!男の裸を見て楽しいか馬鹿!!」 『危ねぇな。指挟むとこだったじゃねぇか』 「そのまま千切れてしまえ!」 曇りガラスなので肌を密着させれば向こうにも姿が見えてしまう。 よってナナシは両手を突っ張ってアリーの侵入を拒んでいた。 『お前、髪どうした?短くなってねぇ?』 「結んでいるに決まっているだろう!脱衣所から出ろアリー!!」 声が反響する風呂場の中で叫ぶナナシに反してアリーは華麗に無視。 『ナナシ、一緒に風呂入っていいか?』 「いい訳ないだろうっ!巫山戯るな!!」 ガラスの向こうのアリーの姿が近づく。ガラス戸を押さえているナナシの手に重ねるように手をつ き、顔を近づけた。 『ふざけてねぇよ、本気だ』 「っ、質が悪いな…ッ!」 先刻までとアリーの声音が違う。早くなる己の鼓動に、ナナシの頭は次第にパニックに陥った。 『なぁ…――』 「しつこいぞ!」 『――…お前の肌って白くて綺麗で、女みてぇだよな。髪も長いし…』 「お前に気に入られるくらいだったら切ってやるこんな髪!」 『やめろよ、本当に好きなんだから』 「〜〜っっ!!」 なにがなんだかわからなかった。アリーの声に躯の芯が熱くなる。 『ナナシ』 アリーの舌が曇りガラス越しにナナシの指をなぞった。触れていないのにびくり、と肩が震えて力 が抜けてしまう。 アリーはその隙を逃すような男ではなかった。 勢いよく開いたガラス戸にたじろぎ、されるがままにナナシは壁に押しつけられた。 「っ!!…――?」 冷たいタイル壁に身構えていたがそう驚くほど冷たくなく、拍子抜けする。すぐに原因はわかった。 ナナシの背が壁に当たる一瞬前に、アリーがシャワーを捻ってお湯を壁にかかるようにしたのだ。 「これはっ、どういうつもりだ!!」 ナナシは間近にあるアリーの顔を上目遣いで睨みつける。ついでに腹部に当たっているものを遠ざ けるように両手で腰を押し返した。 「ンなの…――」 アリーの右手がナナシの顎を上向かせる。 「こういうつもりに決まってんだろ」 「アリ…っ――ん!!」 深くアリーの唇がナナシに口づけた。しきりに舌を吸われ、いつの間にかナナシの手は押し返す力 を奪われてただアリーの腰に添えられているだけになった。 呼吸を乱したナナシの口から下に移動し、白い首筋に唇を寄せていく。 「だ、めだっ…!アリー、やめろ‥‥!!」 「なんで駄目なんだ…?」 「俺とお前は男同士だ!」 「そんなの理由になんねぇよ」 身を任せてしまいそうになるアリーの愛撫に必死に抵抗して、肩を掴んだ。 「駄目だ…っ!駄目なんだ、今の俺とお前では…!!」 「――…どういうことだよ。まさか、お前‥‥」 ナナシの首筋に埋めていた顔を上げ、アリーの瞳が正面からナナシを見据える。刹那、その視線か ら逃げようとする素振りを見せるものの、やはり真っ向からアリーと向かい合った。 「違う、違うぞ!俺に特別な相手なんかいないっ。問題はお前なんだ!お前には…お前には妻も子 もいるだろう!?」 アリーは驚愕に目を見開いてナナシを見下ろす。 「アリー…だから、駄目なんだ‥‥っ、アリー!?」 唐突に動いたアリーの腕がナナシの躯を抱いた。長い黒髪を束ねていた髪留めが床に落ちる。 「じゃあ夢だと思え。これから俺がお前にすること、言うこと、全部が夢だと…」 アリーの肩口に頭を押さえられたナナシは戸惑いに手の行き場をなくす。躯を抱きしめるアリーの 腕が、ひどく優しく、熱く感じた。 「神や俺の家族に罪悪を感じるというなら夢だと思えばいい。お前は何も悪くない。ただ俺の欲望 を果たさせてくれ」 「アリー…――」 「抱かせてくれナナシ。抱かせろ」 アリーは再びナナシの首筋に吸い付いた。喘ぎを漏らすナナシ。躊躇いながら腕をアリーの背にま わした。目を閉じていたアリーはハッと瞼を開く。 「いいのか…?」 肩から顔を離したナナシが上目でアリーを見た。 「お前が言い出したんだぞ?」 アリーの背中から腕を解き、そっと彫刻のような手をアリーの顔の輪郭に添える。 「夢なら、いい夢を見させてくれ‥‥――」 瞼を閉じたナナシがアリーの唇に触れるようなキスを…、 「ナナシ」 キスをするのにあと数ミリというところでアリーが口を開いた。ナナシは薄く目を開く。 「夢の話だ。聞かせてくれ。お前は俺をどう思って…―」」 「――…好きに決まっているだろう」 断言したナナシはそれ以上の言葉を封じるようにアリーにキスをした。やがてナナシからのキスは アリーからのものに変わり、主導権を握ったアリーがナナシの舌を解放してキスは終わる。 「ホットケーキとお前自身とでキスが甘すぎだぜ」 「お前は苦いと思ったがな…」 それから深夜にかけてナナシの家の寝室でギシギシとベッドの軋む音と、男の抑えた喘ぎ声が漏れ ていた―――。 薄暗い部屋の中…。 気を失い、そのまま眠り続けている男の長い漆黒の髪を梳いて、燃えるような赤毛の男は囁くよう に言った。 「ナナシ…、俺、アイツと別れるわ。まだ小さいパトリックにゃ悪いが…」 透き通るような肌に手を触れて、尚も男は続ける。 「だってよ…。俺はお前が好きなんだって気づいちまったんだ。お前も俺が好きだって知っちまっ たんだ…!」 慈しむように男は眠る男に優しく口づけした。 「アイツとは別れる。けどなナナシ、お前が気に病む必要はない。これは全部、夢なんだからな…――」 全部、夢。 忘れる、夢。 忘れない夢。 ----------------------------------------------------------------------------------------------- この頃のナナシさんは比較的まともだな(しみじみと) アリーもか。なんだ?いつからあんなことになったんだ? ともあれ、これ微裏じゃないですか?もしも『がっつり裏だよ!!』っていう方がいたらすいません。 あ、このあと、アリーは奥さんと別れます。それによってナナシさんは更にアリーとパトリックに 対して罪悪感を持つことになるわけです。奥スナなのにちょっと切ないシリアス設定(苦笑) 2008/04/27 |