くまのぬぐるみ


ナナシとアリーは雲一つない晴天の街を歩いていた。
気温はそこそこで、夕立の予報もなかったけれど、人通りは少なかった。
ジャケットの裾と一つに纏めた長い黒髪をなびかせてナナシは颯爽とショーウィンドウの前を歩いて行
く。
一方、ジーンズのポケットに手を突っ込み、ショーウィンドウを眺めながらナナシの後をついて行くの
はアリーだ。
デート―――と言いたいところだが、そんな甘い空気はアリーの方から一方的に発せられるばかり。
けれどそんなことはおかまいなし。アリーはしっかり昼食のレストランまで決めてある。
ナナシはそんなアリーの考えを見抜いていながら、早く目的の店に向かおうと石畳の道を早足で歩き続
けていた。
と、ふと気づくとアリーの気配が立ち止まって離れていく。

「?」

眉間に皺を寄せて振り返ったナナシはショーウィンドウに額を寄せてディスプレイを凝視しているアリ
ーを見つけた。
はぁ、とため息を吐いて離れた数歩を戻る。

「何してるんだ」

ナナシが訊ねるとアリーはショーウィンドウを覗き込んだまま答えた。

「いやな、今はお前の仕事がなくて毎日会えてるわけだけど、一旦仕事入ると俺とお前ってなかなか会
 えないじゃん?」

アリーは屈めていた腰を起こしてナナシと向かい合う。
ショーウィンドウに飾られていたのは大小様々なテディベア。どうやらここはテディベア専門店らしい。

「だからさ、仕事でなかなか会えなくてもナナシが寂しくないようにぬいぐるみでもプレゼントしてや
 ろうかなぁ…なんてな」

アリーは能天気そうに笑って頬を指で掻いた。
ナナシはかぁっと顔を赤くして怒鳴る。

「ば、馬鹿か!?お前、俺たちの年齢考えたか!?いい歳の男がこんな物を貰って喜ぶとでも思ったのか!?」

「な、なんだよ!そんな怒んなよ!!」

アリーは、ショーウィンドウから離れスタスタと逃げるように歩いて行ってしまったナナシを慌てて追
いかけた。ナナシはもう一度ショーウィンドウの向こうのテディベアをチラリと見る。

「――…それに、可笑しいだけじゃないか…いい歳した男がテディベアなんて‥‥」

――お前がくれるなら欲しいけど…。



ナナシの一言にアリーはつんのめるようにして立ち止まった。

「マジで!?」

目がキラキラと輝いている。その目を見返してナナシは益々真っ赤になった。

「嘘だ!!嘘だぞ!?馬鹿っ、本気にするな!!」

「ナナシっ!!」

アリーの手がナナシの腕を掴む。そのままナナシを振り返らせた。
間近になったアリーの表情はさっきまでのとは見違えるような男前になっていて、ナナシは思わず見
とれてしまう。

「もしクマのぬいぐるみプレゼントしたら、俺の代わりにしてくれるか?寝る時も一緒に寝てくれるか?」

ナナシが最高潮に頬を染めてアリーを見上げる前に、アリーはナナシを腕の中に抱きしめた。

「っ、お、おい…!」

「だけど俺、もうあんまナナシと離れたくねぇわ。クマ連れてくくらいだったら、俺のこと連れてって
 くれよ」

「‥‥‥‥‥‥」

幸い視界の中に人影はない。
ナナシは高速で脈打つ心臓の音を聞きながら数秒だけアリーに体を預けた。

「ナナシ‥‥

どすっ。

ふがげふっ…!!」

預けた、かと思うと、唐突にアリーの下顎に強烈なアッパーが入った。アリーはもんどりうって真後ろ
に倒れる。

「ナ、ナシ…っ、おま、ふがっ…人が来たからって…げふげふっ‥‥」

アリーの腕の中から力業で逃れたナナシは一瞬だけ“やってしまった”的な表情を浮かべ、知らんぷり
をしてアリーを置きざりに歩き出してしまった。

「ちょっ、おい!ナナシ待てよ!!」

「知らない!!誰が待つか!!ていうかそもそもお前、弁当屋はどうするつもりだ!!」

「あ」

「っっ、馬鹿!!!!」





――ヴァスティ。俺はお前とモレノのやり取りを見て育ったせいか、こんなに“つんでれ”な性格にな
ってしまった。
当社比三割増し?なんの話だ。

とにかく俺は、

もっと素直にアリーに「好きだ」と伝えたい。



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当社比三割増し=イアンよりもナナシさんのほうがツンデレ度が高いというわけです(笑)


2008/06/04

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