文化祭実行委員活動記録 文化祭のポスターは三週間前から商店街の各店、最寄り駅、近隣の学校に配ってある。校門のアーチ も準備万端! 今日は前日準備ということで授業はない。どのクラスも買い出しやら飾り付けやらでてんやわんやだ。 「アリー!天井に画鋲は使っていいんだよな!?」 「ちゃんと落ちて来ないように止めとけよー。ガムテープは駄目だからなー」 俺は各クラスをまわって飾り付けの規定違反がないか見回る係。なんたって文化祭実行委員だからな。 そうこうしているうちに、デカイゴミ箱をガタガタ引きずりながら運んでいるナナシの後ろ姿を見つ ける。そういやアイツは環境美化委員だった。 「ナーナシッ!!」 「っ!!」 ふざけて後ろから抱きついたら、ガタン!と空のゴミ箱を取り落とす。整った顔立ちが俺の腕の中か ら睨み上げていた。 「脛をぶつけた」 「あ、悪ィ…」 「お前は不燃ゴミか可燃ゴミか、使い物にならない粗大ゴミか」 ナナシは淡々と言いながら、俺の襟首を掴んで巨大なゴミ箱の中に俺を押し込もうとする。 「ちょっ、悪かったって!!ナナシ!ストップストップ!!」 ジタバタと両手足をばたつかせて抵抗するとナナシは舌打ちをして手を離した。それから何事もなか ったように、再びゴミ箱を細い腕をまわして抱え、廊下を歩いて行こうとする。 「あ、待てよ!手伝うって!」 「必要ない。お前はお前の仕事をしろ」 俺は敢えてその言葉には答えない。 「何処に運ぶんだ?それ」 「駐輪場の正門側の脇」 「じゃあちょうどいい!俺も正門のアーチの様子を見に行くとこだったから!」 なんていうのは勿論嘘だ。アーチの具合はさっき見に行ってきた。 けれどこうでも言わなければナナシは俺に、この身体の半分以上はあるだろう巨大なゴミ箱を運ぶ手 伝いをさせてはくれないだろう。 「俺が底の方を持つからお前は上な!」 有無を言わさず、俺はナナシの抱えたゴミ箱の底の方に手をまわし、ゴミ箱を横向きに二人で持つ。 「お前のクラスの模擬店って、喫茶店だっけか?」 「あぁ」 「俺のクラス、射的系ゲームやんだよ。豆鉄砲とか輪ゴムとかボール投げとか輪投げとか…。遊びに 来いよな!あ、お前空き時間いつ?」 「知らない。シフトはクラスの奴に任せてある」 「決まってはいるのか?」 「さぁ?まだじゃないのか。――アリー、階段だ」 俺は「おぅ」と返事をしながら、器用に他のことを考える。 ナナシのシフトがまだわからない、となると俺のシフトも決まらない。空き時間は絶対にナナシとま わると決めているんだ。 ナナシは自分でシフトを決める気がないようだ。なら俺自身、友人のツテを使ってナナシのシフトを 俺に合わせて組んでしまうというのはどうだろう。よしそうしよう。 「何をニヤニヤしているんだ。気色が悪い」 「んー?へへっ、別に!」 ナナシは怪訝な表情で俺を見るけれど、俺はもう楽しい文化祭のことで頭がいっぱいだ。 「楽しみだな、文化祭!」 「そうか?」 「お前のウェイター姿、見に行くからな!」 「っ、来なくていい!!」 その時、ナナシの顔がちょっと紅くなっていたようにも見えたけど、駐輪場に着いてしまったので俺 は虫を払うように退散させられてしまった。 それからこっそりナナシのクラスに行ってシフトを見させてもらう。ナナシはずっとフロア―――つ まり接客係らしい。 生憎と一日目はどう調整してもらっても俺のシフトと合わせるのは無理そうだった。しかしその代わ りとでも言うように、二日目の午後は丸々シフトを空けてもらえた。二日目の午後はパトロールが一 回だけ入っていたが、そんなものはナナシと一緒でもできる仕事だ。 仕事の都合を合わせて、二人きりで文化祭の出し物をまわる。まるで恋人同士でデートでもするみた いだ。なんか男同士なのに変なの!! でも俺にはナナシと文化祭を見てまわるのが当然のことのように思えた。 文化祭二日目のお昼。 お昼休みからナナシはフリーになる筈なので、腹ペコになりながら俺はナナシのクラスに向かう。 しかし俺はずっと、ある一つの間違いに気づいていなかったんだ。 「よっ!」 「お、アリー!見回りか?」 「腕章付けてるけど今は自由時間だ。ナナシは?」 俺は廊下側の教室の窓から一年の時に同じクラスだった友人に声を掛ける。掛けながらウェイター姿 のナナシを探すが奴は見当たらなかった。 「ん?ヴァスティ?あれ、さっきまでテーブルの片付けしてたのに…」 ナナシのクラスは明治・大正の頃をイメージしたレトロな感じの喫茶店を出し物にしていた。女子は 着物にエプロンをつけ、袖はたすき掛けをして、ウェイトレスというより給仕係と言ったほうがしっ くりくる。男子も数名は何故かそれらの女子と同じ恰好をしていたが、基本的にはバーテンダーのよ うな恰好だった。 「ヴァスティに笑顔で“いらっしゃいませー”なんて言わせられないから、ずっとテーブルの片付け をしてもらってたんだけど…。あれ?ヴァスティー!アリーが来てるぞー!!」 「ナナシー!一緒に文化祭まわろうぜー!」 その時、俺はベランダ側のテーブルの客がテーブルの向こう側に向けて不自然な目線で話をしている のに気づいた。まるでテーブルの影に隠れた何かと話をするような…。 「ちょっと入っていいか?」 「どぞー」 俺は友人に許可をもらって教室に入る。テーブルの間をすり抜けて、ベランダの際の目当てのテーブ ルまで歩いていった。 「ナナシ?」 「見るな馬鹿ぁっ!!」 ガィンッ!! 「あべゃぁっ!!」 固くて平たくて銀色の物体が顔面に叩きつけられ、俺は意味不明な叫び声を上げる。両手で強打した 鼻を押さえながら、涙目になって目の前にいるだろうナナシを見た。 そして俺は漸く間違いに気づく。 ナナシはウェイターではなく、ウェイトレス役だったらしい。 「ちょっ!サーシェス君、鼻血が…!!」 「あ」 っとと、ヤバいヤバい!鼻を打ったのと、目の前のナナシの女装に興奮したのとで鼻の血管がぷっつ んしたらしい。 顔見知りの女子が慌てて箱ティッシュを持ってきてくれた。 「馬鹿」 「おばえのせいだろ」 ナナシは銀色の丸いお盆を抱えて俺を睨んでいる。あー、ヤバい可愛い。 「ナナシ、文化祭一緒にまわろうぜ」 「どうして俺が?お前なら一緒にまわる友人くらいたくさんいるだろう」 「いるけど…、お前には俺しかいないだろ!」 「か、勝手に決めつけるな!!」 ナナシの怒鳴り声が耳にもろに響いた。俺は鼻に詰めたティッシュを取って捨て、少し考えてから言 ってみる。 「じゃあ、俺がナナシと一緒に文化祭をまわりたいから、じゃ理由にならないか?」 何故か近くにいた女子が小さな悲鳴をあげ、男子があんぐりと口を開けたが俺は意味がわからなかっ たので無視する。 ナナシは一瞬、驚愕の表情を浮かべ、それから視線をさ迷わせると、 「――…それなら付き合ってやってもいい‥‥」 そう答えた。 「よし!」 「ちょっ、アリー!?」 俺はさっそくナナシの手を取るとお盆を手近なテーブルに置いて教室を飛び出す。嬉しくてしょうが なかった。 「アリー!俺の金…!」 「俺が奢ってやるよ!さ、まずは何が見たい!?腹ごしらえか!?」 俺は満面の笑みでナナシを振り返る。ナナシは最初、無理矢理連れ出した俺をいつものように睨んで いたがやがて苦笑を浮かべ、一瞬、本当に一瞬だけ、嬉しそうに笑ってくれた。 「お前に任せる」 すぐにいつもの無表情に戻ってしまったが、俺はその一瞬だけの笑顔で満足だ。 ◇ 屋上に続く階段に腰掛け伸びをしたら、次いで欠伸も出てきた。 「少し休むか?俺も疲れた」 ナナシが隣で、俺の取ったヨーヨーを弄びながら言った。 「そうだな、一通り見てまわったし。ここ、後夜祭が始まるまで人来ないし」 ふぁ〜、と俺はまた大あくび。こくりこくりと船を漕ぎ始めたかと思うと、いつの間にか俺は眠って しまった。 アリーの頭を、アリーを起こさないように引き寄せる。ゆっくりと自分の膝の上にアリーの頭を乗せ て、膝枕にしてやった。 「痛かったか?」 俺はアリーの額にそっと触れる。お盆を顔面に叩きつけた時、確か額も殴打した筈だ。少し紅くなっ ていた。 「悪かったな」 アリーは気持ちよさそうに眠っている。それを見ていたら俺も眠くなってきてしまった。 「まだ文化祭は終わっていないが…――」 俺自身、気づいていなかった。その時、自分がとても優しい笑顔を浮かべていたことに。 「――…お前のおかげで楽しい文化祭だったぞ」 俺はそれだけ言うと、襲ってきた睡魔に抗うことを止め、壁に寄り掛かって目を閉じた。 ------------------------------------------------------------------------------------------- ラストでナナシさんにキスさせようかと思ったけどやめた。この時点ではまだ二人は互いに持つ好意 が恋心だと気づいてなかったっていう設定なので。 銀のお盆で顔面は痛いと言われました(苦笑) でも奥スナなので大丈夫ですよ(何 2008/05/26 |