glad



ライルとニールがソレスタルビーイングを離れて、三年が過ぎた。

「ただぁいまぁ…」

「おかえり、ニー…ル?」

風呂から上がって水を飲んでいたライルの胸に突然飛び込んできたニール。
普段は結っている髪を下ろし、眼帯も外しているライルと、バイトから帰ってきていきなり
泣き出したニールは瓜二つの双子の兄弟。
ライルはニールを抱いてソファーに腰掛けた。

「どした、ニール?」

優しく問いかけるライルの声に、ニールは腕の中から顔を上げずに答えた。

「また‥‥違った…っ」

ライルはニールの頭を撫でる。
ニールは嗚咽を漏らしながら「アレルヤ」と呼び続けた。黒いリストバンドをした両腕がラ
イルの背をぎゅっと抱きしめる。

「大丈夫。必ず探しに来てくれるさ‥‥」

地図を持った黒髪の青年を見る度に、ニールは嬉々とし、声をかけては落胆する。背格好が
似ていても、三年間待ち続けている彼ではないから。

「アレルヤはきっと生きてる。生きてお前を探してる…」

――信じよう。な…?



ライルの声に小さく何度も頷く。ぽんぽんと背中を叩き、離れるように促す。ニールはライ
ルの膝の上から立ち上がると、泣き腫らした目でライルを見た。

「シャワー浴びて来い。明日は忙しいぞ」

「――…あぁ」

ニールが立ち去り、ライルは窓の外を眺めて目を伏せる。



星は誰の来訪も

――死も告げてはいない。



  ◇



翌日。出かける支度をしていると、隣の部屋にたくさんの人が出入りする気配がした。ニー
ルが玄関の扉を開けて様子を伺うと、丁度出てきたお隣さんの女性がニコリとニールに向け
て微笑んだ。

「おはようございます!」

「おはようございます。何かあったんですか?」

「あ、私、今日で此処を引っ越すんです」

「え!?そうなんですか!?急ですね…」

ニールが正直に驚くと女性は苦笑しながら「本当に」と答える。そこにライルも顔を出して
「転勤ですか?」と尋ねてみる。しかし女性は頬を染めてこう答えた。

「結婚するんです。三年間付き合ってきた彼氏と!」

「!!」

「へぇ!それはおめでとうございます!」

ライルはニールの手をこっそりと掴んで引き寄せた。ニールの指がライルの指に強く絡みつ
く。その時、引越し業者に呼ばれて女性が会釈をして部屋の中に戻って行った。ライルはニ
ールの背を押して玄関の内に入った。

「ニール」

「わかってる。今日は落ち込んでる暇はない」

「ん…――無理はすんな」

「悪いな、ライル…」

二人はキッチンに向かうと、袋に野菜やパンを詰めて準備を済ませる。
今日からライルとニールは、今までバイトしてきた店の人達とお客さんの協力で、公園で小
さなサンドイッチ屋を開く。バンを改装して、少しの椅子を用意して。
材料はバイトしていた店のツテで直接、公園の店まで届けてもらうことになっている。なの
でわざわざ家から持って行く必要もないののだが、材料が届かないというアクシデントは起
きかねないから念の為だ。
とはいえ実際のところ近隣の店に挨拶にまわっただけで特に客寄せもしていないので開店時
間は融通がきく。

「ニールぅ、早くしろー!」

「わぁってるよ!ライルは急かすの好きだな!」

ニールが部屋に鍵を掛けてマンションの階段を降りてくる。
少し歩けばビル街になるこの辺りの治安はそこそこ良いほう。だからセキュリティがしっか
りしていると言えるレベルではないこのマンションでもライルとニールは何事もなく三年間
も暮らしている。
平和に。のどかに。



ニールは恋人を待っている。



「んん〜んっ!いーい天気!」

「ニール、リストバンド」

「ヤダ!外さないぞ!」

「わかってるよ。汚すなよ、ってこと」

「大丈夫だよっ。俺がどんだけこいつらを大事にしてるかわかってんだろ!?」

「知ってる知ってる…!ムキになんなって」

ビル街の比較的低いビルの並びの奥まった所に、店を開く公園はある。遊具は少ししかなく、
子どもの遊ぶ公園というより、オフィスの会社員達が休息を取る為の場所のようだ。
店に選んだ大きめのバンはもう動かない廃車だ。けれど兄弟二人だけでやって行く小さなサ
ンドイッチ屋には十分な屋台になる。

「ニールはまず拭き掃除な。俺は水回りとガスの点検しとくから」

「わかった」

ライルとニールが開店の準備をしていると公園の脇に停まった軽トラから声がかかる。頼ん
でいた野菜や肉、パンなどをまとめて運んできてくれたらしい。
それらをバンに運び、テーブルや椅子を並べ終えて立て看板を公園の入口に置いた頃には既
に昼に近かった。

「随分手間取ったな」

「“昼開店”を“正午開店”に変えるべきかな」

「慣れればもっと早く準備できるようになるさ!」

などと言っている内に客がやってくる。「これはいい出だしかも!」と両手離しで喜べたの
は時計が正午を指すまでだった。
12時30分。用意していた材料が不足し始める。

「ちょっ…、この盛況はいったいどういうことなんだ…!?」

ライルは調理台でパンを切りながらドリンクを用意しているニールを振り返る。

「余所見すんな!あぶねぇな…。―――なんでも訊いてみたら、いつもランチを食べる店が
こぞって休みらしくて‥‥」

「なんで!?」

「さぁ?」

「チェーン店もあんだろ!?」

「業務停止中らしくて」

「最っ悪!!」

ライルは乱暴にトマトを掴んで包丁を入れる。手荒だがちゃんと実を潰さないところは流石
だ。

「他に飯食える所がないんじゃ俺らが店閉める訳にはいかないだろうが」

「材料の追加は?」

「電話した!けどちょっと時間かかるって」

「俺、買ってくるか?あぁでもライル一人じゃ店が…」

ライルが必死にオーダーをこなし、ニールがレジと接客をしている間にもランチの為にオフ
ィスの人々がやってくる。

「これまでのどんなバイトよりも忙し過ぎる…」

「開店初日にして過労で死ぬかも…」

一向に衰えない客足に、兄弟がそんな弱音を吐いてる時だった。



「大変そうだな?オイ」



「僕達でよければ手伝いましょうか?」



ドサッ、と材料の入った紙袋をカウンターに置いて、片方の目を長い前髪で隠した青年達が、
いつの間にかそこにいた。
銀色の瞳と金色の瞳が別々に笑っていたから。唯でさえ頭がパニックになっていたニールは
思わず呟いてしまった。

「うそ‥‥夢…?」

「本当です。夢じゃないよ」

彼は微笑み、おいで、と腕を広げた。
初めはじんわりと滲んだだけの涙がすぐにぼたぼたと止まらなくなる。
とめどなく落ちる涙は拭っても拭っても溢れてくる。





「ロックオン」





もう前なんか見えなくていいや





「っ、アレルヤぁッ!!」





だってすぐに受け止めてくれる腕がそこにはあるから。





「三年も待たせてしまって、ごめんなさい」

「ばかっ!遅いぞ!!もっと早く、俺を‥‥みつけ‥‥っ」

ニールは約束のリストバンドを付けた腕で、二度と離れないようにアレルヤに抱きついた。

「ごめん…ごめんね」

アレルヤの腕がニールの体を強く抱きしめる。ふわりと頬に触れた柔らかい髪に目を細めて、
抱き合ったまま顔だけ離した。間近で翡翠色の瞳を覗き込む。

「いっぱい泣かせてごめんなさい。でも、もう離れないから」

――きっと幸せにするから



泣いて腫れぼったくなった瞼に優しくキスをして、

薄く開いた唇にそっと同じものを重ねた。

深く、とせがまれて角度を変えて更に求める。



額と額をくっつけて、上目づかいにアレルヤを見たニールは頬を染めて笑った。



「アレルヤ。俺、もう幸せだよ」



紅潮した頬に喜びの涙が流れた。




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再会するお話って好きですvvだってとても幸せじゃないですか!
また会えてよかったねロックオン(^-^)vv

2008/03/25


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