小さな公園の小さなサンドイッチ屋さん





ある日の昼下がり。

オフィスの昼休みも過ぎて、てんてこまいの時間は一応ひと区切り。
ピークになると、ハレルヤの調理が追いつかず、ライルの手があっても足らなくなってしま
う。なのでニールまで盛り付けや箱詰めを手伝ったりして、アレルヤは一人で店で用意した
テーブルとバンを往復することになる。
基本的にはハレルヤが調理。ライルがレジ係で調理も手伝い、アレルヤとニールが注文を受
けたり料理を運んだりを請け負っていた。

「人気なのは嬉しいけど…」

「ちょっと、忙し過ぎるっていうか‥‥」

「テメェらが急かす所為でまた指切っちまったじゃねぇか」

「え!?見せてみろ!」

アレルヤとニールが椅子にぐったり腰掛けているのをハレルヤがバンから乗り出して愚痴る。
それをバンから降りて脇に立っていたライルが慌ててハレルヤの手を取った。

「あ、でもこんくらいなら絆創膏貼っときゃ治るかな…――」

「い、言いながら舐めるな!!」

「ンなに怒るなよぉー」

ハレルヤは無意識鈍感なライルから離れて、自分で救急箱を開く。

「ねぇロッ…ニール」

「クスッ‥‥なんだ?」

アレルヤだけがまだニールを“ロックオン”と呼ぶ癖が抜けず、ニールはアレルヤが言い直
すその度に可愛いなぁと思って笑ってしまう。

「あ、あの…ライルのあれは無意識なんですよね…?」

「あぁ、うん。無意識。魔性だよなぁ…」

「―――…それは貴方が言えたことじゃないと思う…」

アレルヤは額を押さえて呟くがニールは気づいていない。

と、そこに、二人の男性が公園の脇の通りを歩いてきた。片方の男がこちらを指差したのを
見てアレルヤとニールは立ち上がる。客だ。
男たちは親しげに、けれど金髪碧眼の男は時折切なげにため息を漏らしながらやって来る。
もう一人の男は長身痩躯でブラウンの髪を緩いポニーテールにして、眼鏡を押さえながら傍
らの男を慰めるように肩を叩く。

「君ねぇ、部下の前ではいつも凛々しいのに僕に会った途端に凹みモードに切り換えないで
おくれよ」

「お前くらいしか私の苦悩を理解してくれる奴がいないんだ。あああ焦がれる存在がないと
いうのはこんなにも人を無気力にするものなのか…」

「取り敢えず腹ごしらえをしようよ。すいません、メニューを見せてください―――って、
あれ?」

ポニーテールの男は「いらっしゃいませー」と接客に当たったニールの顔を見て首を傾げる。

「君…もしかして三年前にユニオン軍に一ヶ月の監視生活を強いられたディランディくん?」

「えっ?あ、はい…そうです…けど」

「あぁ、やっぱり!あ、失礼。僕はユニオン軍で技術顧問をしてるビリー・カタギリだ。こ
っちはMSWADのエースパイロット、グラハム・エーカー小佐」

「軍人…さん‥‥」

ニールが言葉に詰まっていると、アレルヤがやってきてバンの近くのテーブルにビリーとグ
ラハムを促して座らせた。

「お手拭きとお水をどうぞ。…えっと、お知り合い?」

アレルヤはニールを見て尋ねるが、彼は曖昧な返事しか返せない。

「まぁ、君は知らなくても仕方ないよね。僕もグラハムも話で聞いただけで直接会ったのは
今日が初めて」

「確か君が双子の弟のほうだったかな。お兄さんは元気?」

水を飲んで一息つきながらグラハムがニールを見上げた。ニールは「えぇ」と答えて、バン
の中に戻ってしまったライルを呼び出す。
ひょっこりと顔だけ覗かせたライルは、ニールがビリーとグラハムをユニオン軍の関係者だ
と話すとバンから降りて挨拶をした。

「その節はご迷惑をおかけしました。おかげさまで元気にやってます」

「そのようでよかったよ」


ハレルヤはいつまで経ってもオーダーがないので、退屈そうに調理台から動いてレジのある
窓から体を乗り出し、アレルヤのエプロンを引っ張った。

「誰?」

「ユニオン軍の人らしいよ」

「注文は?」

「まだだよ」

チッ、と小さく舌打ちをしたハレルヤをアレルヤが小声で咎める。
そんなもう一組の双子の様子に気づいたビリーが感嘆の声を上げた。

「へぇー。このお店は双子が二組もいるんだねぇ」

「えぇ。右目を隠してて明るいオレンジのエプロンをしてるのがアレルヤでお兄さん。左目
を隠してて暗いオレンジのエプロンをしてるのがハレルヤで弟です」

ニールが紹介するのと合わせてアレルヤはお辞儀をするが、ハレルヤは弟扱いされるのが大
嫌いで、ツンとそっぽを向いてしまう。

「こらハレルヤ!!」

「兄貴面すんじゃねぇよアレルヤ!!」

バンの外と中で言い合いを始めた間にライルが仲裁に入る。ニールは苦笑してそれを眺め、

「それで、ご注文は?」

「あぁそうだった。それじゃあAセットを」

「私もそれで。飲み物は二人ともアイスコーヒー」

「かしこまりました」

用紙に注文を書き込むと一礼して、ハレルヤの頭を軽く叩きながらその用紙を渡した。
ライルがハレルヤの手伝いにバンに戻り、アレルヤはアイスコーヒーのグラスをトレイに用
意する。
その時、上空をフラッグが飛んだ。それを見てグラハムが深いため息を吐く。

「グラハム、君いい加減ねぇ‥‥」

「わかってる。わかっているさ。しかし忘れられないのだよ、あの昂りが」

「ガンダム、ねぇ‥‥」

ビリーの呟いた一言に、テーブルの脇に立っていたニールは勿論、アレルヤも、バンにいた
ハレルヤとライルも内心でひどく動揺した。
幸いグラハムは落ち込みモードで気づいてなかったし、ビリーもまた然りだったのだが…。
彼は聞いてもいないのにニールに向けて話し始める。

「実は彼も僕も、三年前は対ガンダム調査隊―――オーバーフラッグスの隊員でね。グラハ
ムはそれなりの戦果も上げていたんだよ」

「やめろカタギリ。私はあの戦いをあまり良いものとは思っていない」

「…の割りには三年経った今でも恋患いじゃないか」

「恋患い、って…」

ニールはその表現の仕方に呆れてしまう。

「初めてガンダムが僕らの前に姿を現した時からね!AEUの新型MS披露会に僕らもいたんだ。
あの時からグラハムはガンダムにぞっこん」

アレルヤとハレルヤはこっそりと会話をする。

「初ミッションの時だな」

「セイロン島のミッションの後とタリビアのミッションの後に刹那が追いかけられたフラッ
グのパイロットって、もしかしてあの人なんじゃない…?」

二人の予感は的中。アレルヤとハレルヤ、ニールはユニオン軍の二人にバレない程度に引き
つった笑いを浮かべた。

「あの頃はまだ最新の装備を備えたガンダムという機体に興味以上の感情を覚えていたのだ」

アレルヤは人革連のティエレンタオツーにあまりいい思い出はなかったが、グラハムの乗っ
たフラッグにはトラウマ的なものを感じさせて、自分のキュリオスがターゲットにならずよ
かったと思う。

「そんな話も、今はソレスタルビーイングがいなくなって、ガンダムも破壊されてしまった
から言える話なんだけどね」

ビリーが苦笑して肩を竦めた。
そこにアレルヤが注文のAセットを持ってきて並べる。

「ご注文の品はお揃いでしょうか?」

「あ、デザートにドーナツを一つ」

「以上でよろしいですか?」

アレルヤは確認を取ってビリーの注文を持ってバンに戻る。入れ替わりにライルがバンから
降りてきてテーブルの近くに立った。

「じゃあ、初めの頃のソレスタルビーイングにはあまり悪い印象は持ってなかった…?」

「かもしれないね。やっていることの矛盾には言いたいこともあったけれど、それ以上にガ
ンダムという機体に興味を惹かれた」

ビリーはサンドイッチを食べながらライルの問いに答える。グラハムも控えめに頷いた。

「あぁそうだ!」

突然ビリーは笑い出し、あと一口のサンドイッチを皿に置く。ニールとライルはきょとんと
する。

「グラハムがガンダムとの戦闘中に口走る言葉は映画スターもびっくりでさぁ…。後で冷静
になって聞いて一番面白かったのがタクラマカン砂漠で合同演習をした時ので―――」

アレルヤとニールにとってはあまり思い出したくない介入行動No.3に入る話だ。あの時は半
日以上の戦闘を強いられた。それを思い出すと今でもどっと疲労が押し寄せる。
しかしビリーはそんなこと知ったことではないので話を続ける。

「彼はオーバーフラッグスの隊長を務めてたんだけど、あの時、射撃に特化した緑色のガン
ダムを捕まえる為にね『抱きしめたいなガンダム!!!!』って叫びながらフラッグでガンダム
に体当たりしたんだよ!」
「アンタかあの時デュナメスに突進してきたのんぐぐぐっ…!!!!」

テーブルを蹴り倒す勢いで叫び出したニールを慌てて後ろから羽交い締めにして口を塞ぐラ
イル。額に汗を浮かべて苦笑いを浮かべる。

「あ、あははは‥‥」

「え?いま彼なんて…」

「いいい言ってませんよ何も!あははは…」

パキポキ…。

ニールを押さえたライルの背後から何やら不穏な音がする。恐る恐る振り返ると、そこには
指を鳴らしてにこやかに笑うアレルヤと、邪悪な笑みを浮かべたハレルヤが立っていた。

「グラハムさん?」

「テメェがあのフラッグのパイロットだったのか」

「ちょっ、おいお前ら!?」

ライルが制止の声を掛けるも、二人は華麗に無視。

「貴方がデュナメスに突っ込んだ所為でロックオンがどれだけ酷い目にあったかわかります
か?」

「寝ても起きても全身むち打ちになった所為でたいそう不便してたぜ?」

パキポキ…。

「あの時のお礼、

「今ここで

「お返しします!!」

「晴らしてやらぁっ!!」

「「うわぁぁぁアレルヤ・ハレルヤちょっと待てぇぇぇっ!!!!」」

ニールは怒鳴るのも忘れて、ニールがアレルヤを、ライルがハレルヤを押さえて宥める。

「落ち着け!お前らがどんなにニールを大事に思ってるかはよぉぉくわかったから落ち着い
てくれ!!」

「確かにあん時は苦労したけど今はもう平気だから!ほら、被害者の俺がいいって言ってん
だから落ち着けって!!」

「「はぁ、はぁ、はぁ…」」

四人がそれぞれ肩で息をしている目の前で、ビリーとグラハムは呆然としていた。

「えっ…と‥‥」

「もしかして君たちはガンダムのパイロット…?」

「「―――…はい」」

「俺は違ぇ」

「あ、一応俺もかな」





ひょんなことから元ソレスタルビーイングのガンダムマイスターだとバレてしまったアレル
ヤとニール。しかしビリーとグラハムは軍にそのことを報告しようとはせず、Aセットのサ
ンドイッチとドーナツを食べて帰って行きました。

それからというもの、二人は小さなサンドイッチ屋さんの常連となり―――時々ニールがグ
ラハムにセクハラを受けてアレルヤが鉄拳制裁を加えながら―――平和な日常は過ぎていく
のでした。


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アニメのファーストシーズンの最終回を華麗に無視したサンドイッチ屋さん(笑)
でもこんなのほほんな雰囲気でもよくないですか?

2008/03/18

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