Lacrimosa〜Love you



明日はロックオンとライルの誕生日。平日だけどお店は休みにして、一日かけてたくさんお祝いする予
定。…だったのに。突然やってきた金髪碧眼の軍人に僕らの誕生日の時同様、その計画は台無しにされ
た。

「ご機嫌うるわ…おや?」

「ニールならライルと一緒に買い物だぜ」

「残念でしたね、グラハムさん」

先に予定を狂わせてやったのはこちらだったが、それもすぐにいつもの調子に戻される。

「「ただいまー」」

「あ、馬鹿、あいつらタイミング悪ぃ…」

公園の入り口を見るとロックオンとライルの姿。思わずハレルヤが呟いた。

「あれ?お客さ‥‥げ!?」

「ご機嫌麗し…

「行かせるかっ!!」

ロックオンに飛びかかられる前に首根っこを捕まえて腹に一発入れてやると、グラハムさんはすぐに大
人しくなった。

「はい、もう大丈夫ですよロックオン。おかえりなさい」

「ありがとうアレルヤっ!」

買い物袋をテーブルに放り投げて僕の胸に飛び込んでくるロックオン。いつもならこんなに甘えてくれ
ないのに…。グラハムさんの突進が完全にトラウマになっちゃってるみたいだね、ハレルヤ。

「こんにちは、っと。今日はどうしたんだ?こないだのパーティーの件か?」

ライルが袋をハレルヤに渡し、ついでにただいまのキスを強請りながらカタギリさんに尋ねた。ハレル
ヤはライルの額をペチンと指で弾き、知らんぷりしてバンへ袋を持って行く。あ、ライル涙目。

「うん、まぁ、あれ関連といえばそういうことになるね。さぁグラハム起きて。ちゃんと説明してあげ
 なさい」

そっとカタギリさんの靴がグラハムさんの足に乗ろうとした。グラハムさんはサッと起きあがり、手近
なイスに座る。

「立ち話もなんだから、お茶でも飲みながら話そう!おぉ、ハレルヤ君は気が利くな!」

湯気の立つカップを人数分、お盆に乗せて戻ってきたハレルヤ。それぞれの前にカップを置き、涙目の
ライルにはキスもして、最後にコトン、とグラハムさんの前にカップを置いた。

「おめぇの分は泥水な」

「‥‥‥‥」

「冗談だよ」

ハレルヤ、真顔で冗談言うなよ。グラハムさんは半分疑いつつも取り敢えずカップの中身を口に含み、
ちゃんとそれがコーヒーであることを確かめてから話し始めた。

「ふむ、実はな。孤児院の出身者で、今はバンド活動をしている者がいるんだが…」

バンド、と聞いてあからさまに嫌そうな顔をするロックオンとライル。ついでに僕も内心で苦笑い。た
ぶんグラハムさんはまた僕らに頼み事を持ってきたんだと思うから。

「彼は先日のパーティーにも出席していて、あの日の夜、講堂から聞いたことのない歌声がするので、
 こっそり覗いてみたらしい。すると中では四人の男女がステージに腰掛け、ひっそりと歌をつむいで
 いたのだという」

「容姿を聞くとあまりにも君たちに酷似してたから。だけど男女と言っていたし違うかな、とも思った
 んだけど…。思い当たる節は?」

「…あります」

僕の答えに確信を得た二人は声を揃えて、やっぱり、と言った。ニールが苦い顔をしておずおずと手を
挙げる。

「まさかあの時の歌を今ここで歌えとか言わないよな…?絶対にお断りだぜ」

「できることなら私は今すぐにでも姫の歌声を所望するが、今日のところは自重することにしよう」

まさかこの人の辞書に“自重”という言葉があったなんて。ハレルヤどころかカタギリさんまで驚いた
顔をしている。それを知ってか知らずか、グラハムさんは小さく咳払いをして話を切り出した。

「実は折り入って頼みたいことがある。我が弟分に力を貸してほしいのだ」

「…とりあえず、話だけは聞こうか?」

唸るようにライルが言う。グラハムさんは力強く頷いた。

「うむ、助かる。実は彼は今度とあるライブハウスで念願のライブをするそうなのだが、本番の一週間
 前に突然、ボーカルがバンドをやめると言い出したそうだ。何度も説得を試みたそうだが、結局思い
 とどまらせることができず、このままではライブができなくなってしまう。そうなると、せっかく掴
 んだチャンスも水の泡なのだそうだ」

「それで、もしかして俺たちにボーカルの代わりをやれってか?」

「さすがだ姫!察しがいいな!!」

「普通誰でもわかりますっ!」

ロックオンに抱きつこうとしたグラハムさんを裏拳で黙らせる。悶絶するグラハムさんをスルーして、
僕はカタギリさんに向かって言った。

「ボーカルの代わりと言いますが、僕らはバンド活動なんてしたことないし、それにボーカルってステ
 ージの中心で歌を歌う人でしょう?音痴を主張するロックオンとライルはま断るでしょうし…」

僕がちらりと二人を窺うと、彼らは声を揃えて「当然だ!!」と言い放つ。

「…あと、僕だって大勢の人の前で歌うなんて恥ずかしくてとてもできないし…。ハレルヤだって…」

「俺はかまわねぇぞ」

「…ね?だからこのお話、なかったこと…えぇっ!?」

僕は驚いてハレルヤを見た。イスの背もたれに寄りかかって、ハレルヤは頭の後ろで手を組んでいる。
てっきり、そんなピエロみたいな真似はごめんだぜ、とか言うと思ってたのに、なんだいその余裕の表
情。

「ついでにアレルヤも引っ張ってく。あ、まさかと思うがヴィジュアル系とかじゃねぇよな。それなら
 断るぜ」

「問題ない。ロックの傾向が強いが、いたって普通のアマチュアバンドだ。しかも今回は非常事態なの
 でオリジナルの曲は控えるそうだ」

「オーケー引き受けたぜ」

あれよあれよという間にハレルヤとグラハムさんの間で話が進んでいく。あっけに取られていた僕はよ
うやく我に返って声を上げた。

「ちょっ、ちょっと待ってよハレルヤ!どうして僕まで…!?君が引き受けるなら僕は必要ないでしょ!?」

「あァ?素人がいきなりぶっ通しで何十分も歌えるわけねぇだろうが。俺が休憩する間はおめぇが歌う
 んだよ」

「無理だってば!!僕、人前で歌ったことなんてないんだよ!?」

勢いよく立ち上がるとガタン、と後ろでイスの倒れる音がする。それに応じてハレルヤも立ち上がっ
た。

「こないだだって歌ってただろうが!」

「あれは子どもたちに童謡を歌ってあげてただけでしょ!?それとこれとは話が違うの!!」

「相手がちょっと育っただけだ!問題ねぇだろ!!」

「大アリだよ!!」

テーブル越しに睨み合う僕とハレルヤの肩を押さえて、ロックオンとライルが「まー、まー」と仲裁に
入る。

「落ち着けってアレルヤ。ミッションか何かだと思ってやればいいさ。プロみたいにそうそう何時間
 ってライブやるわけじゃないんだろうからさ。だろ?」

「MCを入れて三十分だと聞いている」

「ほらな!たいしたことねぇって!」

グラハムさんの答えを聞いて、殊更明るく説得しようとしているロックオンの手を僕は控えめに抑えて
抵抗する。

「でも、ロックオン…」

伏せていた目を上げると、ロックオンとばっちり目が合った。翡翠色の目が僕を見つめて、優しく微笑
む。

「アレルヤ…。俺、今度はアレルヤのうたう歌が聴きてぇな」

思わずドキッとした。ロックオンのその時の顔が、夜のあの行為の最中、ふとした時に見せる表情とと
てもよく似ていたから…。
僕は慌ててロックオンから目を逸らし、顔が赤くなるのを自覚しながら返事を返す。

「わ、わかりました…!僕、がんばります…」

ハレルヤが意地悪そうに笑ってる。わかってるよ。どうせ僕の考えたことはお見通しなんでしょ。
僕は気を取り直してグラハムさんに尋ねた。

「それで。ライブの予定はいつなんですか?」

「明日だ」

「「っざけんなァっ!!」」



 ◇◆◇



ライブは夜だっていうから練習の時間はいいよ。なんとかする。だけど明日はロックオンとライルの誕
生日なんだ。映画を見に行ったり、美味しいご飯を作ってあげたり、ケーキを食べたり…。たくさん計
画を練っていたのに。
明日だけは絶対に駄目だと僕とハレルヤも断固拒否しようとしたんだけど、なんと誕生日を祝われる当
の本人たちまでもが僕とハレルヤにライブを手伝ってやってほしいと頼んでくるものだから、最後はし
ぶしぶ引き受けることにした。

「もしもアレルヤが俺のために歌ってくれたら、最っ高の誕生日プレゼントになるんだけどな…。駄目
 か?」

「もしもなんて言わない。俺のために歌ってくれよハレルヤ!」

そう言われたら断れるわけもないじゃない…。



翌日、僕とハレルヤは朝一番に誕生日おめでとうのキスをして、その後はたいしてお祝いらしいことも
できずにいってらっしゃい・いってきますのキス。ライブの時間になってから二人は来る予定で、僕ら
は一足先に今回の事件の発端となったバンドのリーダーさんと待ち合わせして、普段の練習場所へ連れ
て行ってもらう。

試しに一曲合わせてみたら、意外と息も合って。これなら夕方までになんとか形にできると、バンドの
メンバーたちは大喜びだった。
あれだけ喜んでくれたら僕も少し嬉しい。僕でも、こんな役の立ち方があったんだね。
それからお昼まで、今日披露する予定の曲を徹底的に調整することになった。僕が歌う分とハレルヤが
歌う分、あとは二人で一緒に歌う分。それぞれおよそ十分ずつだ。
お昼からはみんなそれぞれ自分の練習で、僕とハレルヤはマネージャーさんに衣装合わせを頼まれた。
その後は元の服に着替えて、またひたすら練習。
夕方、もう一度全曲をみんなで合わせてライブハウスへ。マネージャーさんも含め、みんな自信に満ち
た表情。

「僕たち、なんとか助っ人の役割を果たせそうだね」

「たりめぇだ。この俺様ができねぇわけがねぇ」

とか言って。リーダーさんをちょくちょく捕まえてはアドバイスをもらってたこと、僕は知ってるんだ
からね。
会場に着いてリハーサルをして、あとは控え室に戻って夕食を軽く取ってからステージだ。僕は少し緊
張してきて、外の空気を吸ってくると言って部屋を出た。

裏口から外に出てしばらくぼーっとしていたら、突然ガンッと背中に扉が当たった。

「いたっ!!」

「うわっ、ごめんアレルヤ!!」

中から現れたのはロックオン。手には小さな包みを持っていた。ドアの隙間からスルスルと出てきて、
僕の隣に寄り添って座る。

「ほら、差し入れ。サンドイッチ作ってきた。これ食ってがんばれよ」

「っ!ありがとう、ロックオン。いただきます」

日は落ちたし、僕らがいる場所はビルの影になっていて風も冷たい。だけどロックオンの体温と、なに
よりその笑顔が僕にはとても暖かい。
中身はロックオンの好きなポテトサラダ。きっとつまみ食いしながら作ってくれたんだろうな、とその
光景を思い浮かべてクスと笑ってしまう。

「ん?なんだよ。どした?」

「いいえ、なんでもありません。美味しいです」

「ん、そっか!」

ロックオンはきょとんとした後、笑う。

「緊張とか、大丈夫か?他のメンバーとの調整は問題ないって、さっき聞いてきたけど」

「ええ、問題ありませんよ。緊張もちょっとはしていますけど、でもこのくらいならちょうどいいくら
 いですよ」

ハレルヤによく、度胸がない・根性がないとか言われたりしたけど、今日は頑張れそうな気がする。
ロックオンも、僕の緊張の度合いがそれほどでもないと悟ったらしい。

「昔取った杵柄、ってか?メンバーとのコミュニケーションも、お前さんは付き合いやすい奴だったも
 んな」

「僕以外の二人が無口だっただけでしょ。それに比べたら僕はただ、みんなが少しでも気持ちよく過ご
 せたらいいなって思っていただけで…」

「それがいい子だって言ってんだよ!」

そう言いながらロックオンは僕の頭に手をやり、わしわしとかき混ぜた。

「ちょっ、ロックオン!」

「そういう照れるとこがまた可愛いよな」

ロックオンは笑ってるけど、僕はなんだか複雑な気分だ。ロックオンに触れてもらえるのは嬉しいし、
それが好意的ならばなおさら。だけど、これは違う。年下扱いされてる。嫌じゃないけど、なんだか…
悔しい。

「そうふくれるなよ。子ども扱いして悪かった」

頭を撫でる手を止めて、ロックオンの指は僕の口の端をなぞった。

「けどな、口にサラダくっついてたぞ。からかいたくもなるっての」

くつくつ笑いながら、ロックオンは指を舐める。指摘された僕は恥ずかしくなった。残っていたサンド
イッチを一気に口に押し込める。

「いいじゃねぇかたまには!」

そう笑うロックオンはなんとなくいつもと違う。まるでトレミーにいた頃のロックオンみたいだ。僕は
口の中のサンドイッチを飲み込むと、ごちそうさまと言って包みをロックオンに返す。

「ねぇ、ロックオン。僕がいない間になにかあった?いつもの貴方と何か少し違うよ…?」

「なんにもねぇよ。いつも通りだ」

ロックオンはフッと笑ってそう答えたけれど、本当にそうなのかな。
その時、携帯電話のアラームが震える。そろそろ時間だ。

「ん?時間か?頑張ってこいよ。一番前で見てるからな!」

僕は立ち上がって扉に手をかけた。けれどもう一度ロックオンの後ろにしゃがむと、その背中を包むよ
うに後ろから抱きつく。

「っ、アレルヤ!?」

「いつもお待たせしてすみません。もうすぐ戻りますから。夜は一緒に寝ましょう」

「っ…アレルヤ…」

ロックオンの耳の後ろにキスしながら言うと、彼が振り返るのを微笑みで受け止め、今度こそ扉に手を
かけて控え室に戻った。
部屋に戻る途中でライルとすれ違い、彼にも笑顔で頑張れと言われる。

「あ、そうだ。ニールとは会った?」

「えぇ、差し入れをいただきました。ありがとうございます」

美味しかったです、と付け加えると、ライルは苦笑してどういたしましてと答える。

「? どうかしましたか…?」

僕が不審に思って尋ねると、顔に貼り付けた苦笑いはそのままにライルは言った。

「実はさ、ニールったらこの前からアレルヤと一緒に休日を過ごせてないもんだからアレルヤ欠乏症に
 なっちゃってるみたいでさ。その割には年上っていう妙な意地のせいで、せっかく二人きりになって
 も素直にアレルヤに甘えきれてないみたいだし。変だっただろ、ニール」

確かに。なるほど、そういうことだったのか。言われてみれば、いつもならいきなり寄り添って座って
なんてこない。あれは甘えたかったんだと気づく。けれどその後のロックオンは僕の頭を撫でたり、年
下扱いするようなことばかり言って、強がってばかりだ。自分の内にあるものを隠そうとしていた、ソ
レスタルビーイングにいたあの頃と同じだ。

「それでもライブでアレルヤのかっこいい姿が見られるって楽しみにもしてたんだ。天の邪鬼にも程が
 あるよな。ま、今日のライブが終わったら思いっきり甘やかしてやれよ」

それじゃ、と去っていこうとするライルを、僕は咄嗟に呼び止めた。

「ん?なんだ?」

「ライルは、僕とロックオンが二人きりになったところを見てませんよね。どうして甘えきれてない
 ってわかったんですか?」

「そんなの、俺がニールの双子の兄貴だから…」

「あるいは…」

ライルの言葉を遮った僕を、彼は首を傾げて見る。

「…あるいは、貴方もハレルヤに対して同じ気持ちを抱いていたからか」

「っ!!」

途端にみるみる赤くなるライル。口元を手で押さえて、おそらく図星だ。僕はにっこりと微笑んでみせ
た。

「わかりました。ハレルヤには、ライブが終わったら存分に貴方を甘やかすように言っておきます」

「ちょっ、アレルヤ!いいよ、ハレルヤには言わなくて…っ!」

「それじゃ、失礼しますね」

慌てるライルを廊下に置き去りにして、僕は控え室に続く角を曲がった。そこにはハレルヤが立ってい
て…。

「言う手間が省けたね」

僕が言うと、ハレルヤは笑みを浮かべながら鼻で笑って控え室へ足を向けた。僕もその後に続いて控え
室に入る。
用意されていた衣装に着替え、円陣を組んだ。

頑張ろう。ロックオンに…ニールに喜んでもらうために…。



ステージに立つと、小さな会場に足を運んでくれた大勢の人がいっせいに沸いた。ボーカルが変わって
もこれほどの人気。僕たちが手伝わなくても、別にこれからもこんな舞台はいくらでもあるんじゃない
かと思ったが、要はライブをやり、この人気を示すことが必要だったのだろう。

「惚けてる場合じゃねぇ。いくぜ」

ハレルヤに小突かれ、僕はマイクを握り直した。観客たちの一番前、一番中央にロックオンとライルが
いる。「がんばれ」と言っているのがわかった。
ああ、やっぱり恥ずかしいな…。そう思っているとハレルヤに思い切り足を蹴られる。わかってるよ、
もう…。
カン、カン、とリズムを取る音。前奏に合わせ、僕とハレルヤは息を吸った。

「「Oh Yeah!」」

正直に言って、この曲と最後の曲だけは未だに恥ずかしさが拭えない。僕のキャラじゃないんだ。

「燃えてるんでしょ?」

僕の台詞に客席の女性から黄色い声。恥ずかしい恥ずかしい…。
あぁ、でも…。ロックオンの顔も赤い。喜んでくれて、る…のかな?

「もう限界だろォ?」

ハレルヤの台詞にまたも歓声。ライルが卒倒しかけている。

「眠らせないよ」
「眠らせないぜ」

なんだか勝手がわかってきた気がする。メンバーにはパフォーマンスが足りないと言われていたが、客
席に少し視線を流すとお客さんは喜んでくれる。こういうことかな。
やり方がわかってくると歌うことも楽しくなってくる。一旦ハレルヤがコーラスに入り、僕がメインボ
ーカルで二曲歌い、その次は逆で僕がコーラスを務めた。曲の合間のMCはリーダーや他のメンバーが
務めてくれる。

あっという間に最後の曲。挑発的に誘うようなハレルヤの歌い方に女性陣とライルはとろけてしまいそ
うだ。ハレルヤに言わせてみたら、僕の歌も「今にも食いそう」な歌い方だって言っていたけど。

「レディース&ジェントルマン、反逆的恋愛、OK?」
「レディース&ジェントルメーン、反逆的恋愛、OK!?」

ハレルヤ、はしゃぎすぎだよ…。しかし僕らの呼びかけに観客は一斉に声を上げた。中には僕らに向け
て早くもファンコールをかけてくる女性もいる。そしてその声に一瞬だけ不安そうにするロックオンと
ライル。
僕とハレルヤは曲の合間に、特に示し合わせたわけではないけれど、同時にステージから飛び降りて、
一番前に立っていたロックオンとライルのほうへ手を伸ばした。二人は「何やってるんだ!」と驚きの
顔。ロックオンは「早く戻れ!」と叫んでいる。

「ロックオンっ!」

僕は彼の口にまず人差し指を当て、彼が口をつぐんだのを見計らって、顎に手を添え、優しくキスをし
た。

「っ!?」

それはまさに一瞬の出来事。僕らはすぐにステージに戻ると、間奏を終えた曲の続きを歌い始めた。
キスをされた僕らの恋人たちを見ると、ロックオンは顔を赤くし、口をぱくぱくしている。ライルも顔
は真っ赤だが、大声で「ハレルヤ大好きー!!」と叫んでいた。「たりめぇだ…」と、伴奏の音に隠れて
ハレルヤの呟く声が聞こえる。

プログラムの最後の曲が終わった。僕らはそれぞれ観客に向かって手を振ったり、お礼を言っていたり
する。
ふいにライブハウスの管理人さんがステージの端からリーダーを呼んだ。二人はそこで二言三言、会話を
交わすと「アンコールだ!」と言って観客共々、僕とハレルヤを驚かせる。
確かに、万が一のためといって余計に練習はしてある。というより、そのうちの一曲は僕とハレルヤの
ハモりが難しくて敢えて予備にまわした曲なのだ。もともとは女性ボーカルの歌なのだという。

「やるしかねぇだろ」

大きなため息の後、ハレルヤが言った。その手にはマイクが握られている。僕もうなずきながら、マイ
クを握った。

「そうだね。うん。見せてあげようか」

「「超兵の実力ってやつを!!」」

僕らは顔を見合わせて笑った。こんな風に超兵の名前を出すなんて、あの頃は思ってもみなかった。
リーダーが観客に向かって、二曲のアンコールを宣言する。バンドのメンバーは再び意識を一つに集中
した。初めは僕の番だ。



―――ねぇ 二人は偶然出会う運命なんかじゃなかった
あなたが最後に逃げ込んだ場所が ただ私だったのかもしれない

それでもそれが必然の始まりだった
葬ったいつかの記憶の欠片達が 色褪せることさえも まだ出来ないままに
今でも変わらずに 思い出してる
きっと全てがいつか―――

「繋がりあって…」

「「消えないようにと…」」

―――錆び付いている こんな時代の中で
いつだって私は ここから祈ってる
もうこれが 最後であるようにと
“あなたを苦しませる 全てのモノに
早く終わりが 来るようにと…”―――



まるであの頃の、ソレスタルビーイングにいた頃の気持ちを歌ったような歌だ。僕は機体の性質上、単
体か、ヴァーチェと組むことが多かったから、別行動になったロックオンの安否がいつも気がかりだっ
た。ミッションの成功率ではなく、彼の心に負担をかけてはいないかと。
あの頃の僕は、自分のことばかりに精一杯で、とても貴方を安心させられるような男ではなかったけれ
ど…。

アンコールの一曲目は盛況に終わり、二曲目開始のタイミングは僕とハレルヤに委ねられた。僕はハレ
ルヤと呼吸を合わせる。

「1,2,3…」

4…



―――会いたくて 恋しくて 離れて
あの日はもうこない―――



このライブ、本当の最後の曲は悲しい歌だ。曲調は明るいが歌詞は会えない思い人に向けて綴ったも
の。
女性ボーカル二人のこの歌はハモりがとても難しいけれど、曲をショートバージョンにしてアレンジし
てある。こんなにハンデをもらったんだ。僕とハレルヤならなんとかできる。
それにこの歌をうたって、歌詞の意味そのままをロックオンに届けるんじゃなく、この歌のような別れ
は二度と味わせないと伝えるためにはちゃんと前を向いて、成功させなくてはいけないんだ。



―――会いたくて 恋しくて 離れて
あの日の笑顔が 舞い散って
いつまでもと誓った 君はもういない
叶うなら桜が舞い降りる
来年の今も
肩並べ写真でも撮りたいな
あの日はもうこない―――



ロックオンには伝わっただろうか。僕は、じっと僕を見つめている彼に向けて手を伸ばした。ロックオ
ンも僕の手に重ねるように手を伸ばす。僕らの手には約束の指輪が輝きを放っている。届かないその手
を掴むようにそっと閉じた。



――…離さないよ



ロックオンの目が潤んでいるように見える。彼もまたギュッと手の平を握った。



――…好きだよ、ニール



微笑む僕に釣られて、彼も泣きそうになりながら笑う。



――…俺もだよ、アレルヤ



僕らは互いに、自分の指輪に口づけてそしてまた微笑み合った。

ライブは大成功。リーダーが打ち上げをしようと提案したけれど、僕とハレルヤは丁重に断って、それ
はまた後日にしてもらった。

僕らはマンションに戻り、みんなでケーキを囲んで、ロックオンとライルの誕生日を祝った。



◇◆◇



数日後。店を早くに閉め、ロックオンとライルも加え、僕らはバンドの打ち上げに参加した。正式に新
しいボーカルが決まり、彼らはこれからもバンド活動を続けていくのだという。

打ち上げの最中、ロックオンと寄り添って座っていた僕の元にマネージャーさんがこっそり近づいてき
て、二枚の写真を取り出した。

「なんですか、これ…?」

見ると、それはあのライブの時の写真で、一枚は僕がステージから下りて、客席のロックオンにキスし
た時の写真。もう一枚は僕とロックオンが見つめ合いながら自分の指輪にキスしている写真。

「なななな、なんで、これっ…!?」

「マ、マネージャーさんがっ!?」

話を聞くと、どうやらあの時、マネージャーさんと他のファンの子がちょうどカメラを持っていて、
チャンスとばかりにシャッターを切ったらしい。あと二枚、ほとんど同じ構図でハレルヤとライルの分
もあるとか。
ライブを手伝ったお礼と記念にと、マネージャーさんはこの写真を僕にくれた。ハレルヤとライルの二
人にも渡してくると言って、マネージャーさんはその場を去っていく。改めて写真を見ながら、僕はち
らりとロックオンを見ると彼もまた僕の様子を窺っていた。

「あの…ごめんなさい…。嫌だったんじゃ、ないですか…?こういう風に、写真に撮られたりとか…」

「ん…いや、うん…」

ロックオンは人差し指で頬を掻くと、ちょっと体重を僕の方に掛けながらとても小さな声で呟く。

「嫌…だけど、でも、これは…嬉しい…」

「そう…よかった。貴方が喜んでくれたなら、僕は手伝った甲斐があったよ」

僕は椅子の上に置いてあるロックオンの手を包むように、そっと触れた。ほんの少しだが、いつもより
熱い。

「ロックオン、お酒に酔ってるね。気持ちいい?」

頭を優しく引き寄せると、たいした抵抗もなく、ロックオンはこてんと僕の肩に額を乗せた。髪を指に
絡ませながらゆっくりと撫でてやる。

「ん、うん…。ちょっと、眠い…」

ちょっとどころではなくかなり眠そうだ。昼間の疲れもあるのだろう。

「少し寝ますか?僕なら大丈夫ですから」

「んん〜…嫌だ…。俺ばっかり酔っぱらって寝るなんて嫌だ…」

その可愛い物言いに僕は思わず頬が緩む。それじゃあ、と言ってロックオンの顔をこちらに向けた。

「少しだけ、僕に酔いを分けてくれませんか?」

近づけた唇にロックオンもその意を悟って薄く口を開き、僕を受け入れてくれる。まわりはどんちゃん
騒ぎで、一番端のテーブル席、しかも壁際にいる僕たちのことなんて誰も気にとめていない。
舌を絡め合い、一度唇を離した時にできた唾液の糸を追うようにもう一度軽く口づけてから、僕はロッ
クオンの頭を胸に抱いた。

「おやすみ、ロックオン」

「うん…おやすみ…、アレルヤ…」

膝枕に移行して、すぐにスースーと寝息をたて始める。
幸せそうな寝顔だ。ううん、本当に幸せなんだろう。

そう、僕は自惚れたい。僕は貴方と一緒にいられる今が、とても幸せなのだから。




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作中の曲はそれぞれ

ビタミンX キャラソン ナ/ナ/キ/ヨ『完璧/ジェ/ラシー』
キヨのキャラソン 『反逆的/恋愛、/OK?』
リ/ボ/ー/ンのOP 『la/st cro/ss』
同じくED 『桜/ロック』

です。
ライブ時のアレハレの衣装は黒ベースで袖無しの、指無しグローブ着用です。

なんで今回から検索避けっぽい表記を始めたかって?単なる気まぐれと気休めです(爆)
続編というか、番外編にあたるonlyのほうはこの打ち上げの時のハレライの様子です。

2009/03/07

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