Lacrimosa〜present



それはいつのことだっただろう―――



いつものようにランチの時間が過ぎ、客のいなくなったテーブルについてイチャイチャしているアレル
ヤとニールを、バンの受け渡し口から頬杖をついて見ていたライルがはぅ…とため息を吐いた。

「ハレルヤぁ…」

皆の遅い昼食を作っていたハレルヤは渋々返事をしてやる。

「あァ?」

ライルはニールの兄のくせに甘えん坊だ。むしろ弟のニールのほうが普段はしっかりしている。
まぁ、双子の兄弟などどちらが上か下かなんて違いはほとんどないのかもしれない。

「ハレルヤは俺のこと好きー?」

――甘えん坊にも程がある。

「‥‥いきなり何言ってんだおめぇ」

「だってぇ…ん!」

調理器具が置いてあるせいで狭い車内。振り返ったライルの唇にハレルヤはキスをした。

「これじゃ不満かよ」

「ふま、ん…っ、んぅ‥‥」

不満だと答えようとしたライルの唇を、それ以上の反論は許さないハレルヤの唇に塞がれる。
珍しく抵抗するライルの手はハレルヤに拘束された。
熱く絡め取られる舌に呼吸を乱し、涙目になった頃に漸く解放される。

「で?」

「“で?”じゃなくてぇ…。俺はハレルヤのキスも好きだけど、もっと別のが欲しいのっ!!」

「―――お前の言いたいことは理解してるが、その言い方はある意味深夜的に聞こえるからやめろ」

「へ?」

きょとんとするライルに眉間を押さえるハレルヤ。軽く頭を振って気を取り直した。
先を促すようにライルを見ると「あのな!」と身を乗り出してくる。

「あのな!俺はハレルヤのこと大好きだよ?世界が敵にまわっても大大大好き!!‥‥でもな、わがまま
 なのはわかってんだけどな…――」

ライルは窓の外の弟をビシィッと効果音が付きそうな勢いで指差し叫んだ。

「俺もハレルヤと何かお揃いにしたい!!」

「あー…――」

突然の大声に、外でテーブルについていたアレルヤとニールがびっくりして何事かとバンの方を窺って
いる。ハレルヤはなんでもないと手を払ったのを見て、外にいた二人は苦笑した。
ライルが言っているのはアレルヤとニールがお揃いでつけているミサンガのことだろう。
アレルヤと再会するまで、ニールはアレルヤのリストバンドを後生大事につけていた。けれど、さすが
に三年もつけていれば生地も限界になる。
そこで二人は再会して間もない頃に、色の組み合わせは橙と緑で同じだが割合の違うお揃いのミサンガ
を作り、互いにプレゼントし合ったのだった。
ライルはそのお揃いのミサンガが羨ましくて、ハレルヤともお揃いの物が欲しいと言っているのだ。

「ハレルヤがそういうの好きじゃないのは知ってるよ!?だけど、小さいのでいいんだよ!!なんかプレゼ
 ントしてぇぇぇ!」

「はいはい、その内な」

「その内っていつ!?そうやって煙にまこうとしてない!?駄目!いま行こう!!今すぐ買いに行こう!!」

「店はどうすんだ馬鹿野郎!!」

「ぐぴゃっ!!」

無理を言うライルに思わず手が出てしまったハレルヤ。ライルは大泣きしながらアレルヤとニールの所
へ走っていく。

「うわぁぁぁんハレルヤがぶったぁぁぁ!!!!」

「あーはいはい、痛かったな」

「大丈夫、たんこぶはできてませんよ。ハレルヤも反省してますから泣き止んで?」

バンの受け渡し口から顔を見せていたハレルヤはガシガシと頭を掻いた。
晴天の青空には泣きまくるライルの声が吸い込まれていく。





そんなことがあったのは、いつのことだっただろう―――





今日は11月22日。
店のテーブルで遅い昼食を摂っている最中、突然ライルが叫び出した。

「そうだ!!今日はなんの日か知ってるか!?」

ライルの問いに早速首を捻って考えるのはアレルヤだ。

「なんだろう…22日ですよね?」

「11日ならポッキー&プリッツの日だけど」

「知らねぇな」

ニールに続いて、問題にまともに答える気のないハレルヤが問いを一蹴した。

「ハレルヤ冷たい!!あんな、今日は日本では『いい夫婦の日』なんだって!!」

目をキラキラさせて言ったライルの横、「阿呆らし…」と顔を背けたハレルヤ。その様子を見てライル
は涙目になる。

「ハレルヤ…、それはいくらなんでもひどいと思うよ…?」

「おめぇだって大したリアクションしてねぇじゃねぇか」

「あぁ、うん…それは‥‥」

アレルヤはチラとニールを見る。ニールもその視線に気づき、二人は同時に口を開いた。

「「知ってたから」」

「ね?」
「な?」

はにかむように見つめ合って笑うアレルヤとニール。さすが三年越しカップルはいつでもラブラブだ。
しかしそんな様子もライルの傷を抉るだけ。ハレルヤと付き合い始めてまだ日の浅いライルにとっては
不安材料にしかならない。
へこたれそうになったライルだったが、ム!と気合いを入れると「そこで!」と声を張り上げた。

「実は先週は『ギネスの日』だったらしく、それにあやかって考えてみました!」

「何をですか?」

ノリのいいアレルヤに内心で感謝しながら、ライルはハレルヤに抱きつく。

「『いい夫婦の日』に、キスをし続ける世界最長記録に挑戦しあいたっ!」

ハレルヤの裏拳がライルの額を殴打した。

「馬鹿かテメェは!そんなもんしてたら店はどうすんだよ!!」

「ちなみに世界記録は何時間なの?」

ハレルヤの容赦ない罵倒にフォローを入れるようにアレルヤが尋ねる。ライルはニールに慰めてもらい
ながら「えっと…」と記憶をたぐり寄せ、そして答えた。

「31時間だったかな」

「飯すら食えないじゃねぇかド阿呆!!」

「っ!!」

本気で言った訳じゃないにしろ、“馬鹿”に“阿呆”まで言われたら今度こそ傷つく。
ライルはぐすぐす泣き出した。アレルヤとニールが慌てて慰める。
ハレルヤは深く深くため息をつき、食事の終わったトレーを持って席を立った。
“ちょっと待て、なんのフォローもなしかよ”とニールが表情で訴えるのを公園の入口を顎で示してみ
せる。

「客だ」

「あ?――…げっ」

示された方を振り向いたニールは表情を引きつらせた。
客とは、今では馴染みになったグラハムとビリーだ。

「今日はなんの日か知っているか姫ぇぇぇ!!!!」

「うわぎゃぁぁぁアレルヤ助けてぇぇぇ!!!!」

「っざけんなハム野郎!!」

「あはは、お邪魔するよ」

「あっ、いらっしゃいませー…」

バキャッ!!という凄まじい音を残してアレルヤに殴り飛ばされたグラハムを軽く避けて、テーブルにつ
くビリーにライルは水を出す。
ハレルヤは食べ終わった皿を持って既にバンに戻ってしまった。
それをライルは名残惜しそうに眺める。

――…本当は俺のこと、好きじゃないのかなぁ‥‥。

しょんぼり落ち込むライルの向こうでは、ニールを守ってグラハムと戦うアレルヤの姿があった。

「いい加減にしてください!!ロックオンは僕の恋人なんです!!」

「略奪愛は嫌いかね!?」

「アンタに略奪されたくないんだよ!!アレルヤ頑張れ!!」

「はい!!」

はぁ…、とライルの口からため息がこぼれる。それを見ていたビリーはバンに戻ったハレルヤとライル
を見比べて、クスリと笑った。







完全に日が落ち、公園の電灯を頼りにテーブルを片づける。
昼間、散々騒いだせいかアレルヤとニールはいつも以上に疲れているように見えた。

「調理台の片づけは終わったぜ。手伝う」

「あぁ、ありがとう」

バンから降りてきたハレルヤはアレルヤの持っていたテーブルを受け取り、バンの裏へ運ぶ。
あらかた片づいた頃、ハレルヤは椅子を運ぶニールに待ったをかけた。

「一つだけ残しといてくれ」

「一つでいいのか?」

「あぁ。ライル、ちょっと座れ」

ハレルヤに呼ばれ、首を傾げながらも大人しく椅子に座るライル。目の前に立つハレルヤを心細げに見
上げた。
ハレルヤは何も言わずにライルを見下ろしている。席を外そうかとアレルヤとニールが迷い始めた頃、
ハレルヤは静かにライルの唇にキスをした。

「、ハレルヤ…っ」

シリアスな雰囲気のキスは、ライルは苦手だ。頬を染めてハレルヤを見る。
ハレルヤは金色の瞳でライルをじっと見つめた。
アレルヤとニールはその場に居続けることを選択した。二人は察したのだ。何も合図してこないという
ことはつまり、ハレルヤは二人に見せつけるつもりなのだと。

「今日はなんの日だ…?」

ハレルヤは問うた。

「へ?あ、えっと…『いい夫婦の日』?」

頷くハレルヤ。彼はポケットから何かを取り出すとライルの足元に跪いた。そしてライルの片方の足の
ズボンの裾を捲り上げると、足首にミサンガを結ぶ。
色は橙と緑。アレルヤとニールが付けている物とデザインは同じだが、橙色は二人の物より暗く、緑色
は二人の物より明るい。
それはハレルヤとライルがしているエプロンと同じ色だった。

「手首じゃ、調理の時に邪魔だからな」

そう言ってハレルヤは立ち上がる。
ライルの足首に結ばれたそれは、明らかにハレルヤの手作りで。いつの間に作ったのだろうかと疑問に
思うよりもむしろ、あんなに昼間は馬鹿馬鹿しいと言っていたのに何故こんなプレゼントをくれるのか
がわからなかった。

「ハレルヤ…?」

「随分前に、お揃いで何か欲しいって言ったのはお前だからな。ちゃんと俺の分も作れよ」

ライルはこくこくと頭を上下に振って頷く。感激に震える拳を握りしめて勢いよく立ち上がった。

「覚えててくれたんだ…!ありがとうっ!ハレルヤだいす…っぐぴゃっ!!」

「話はまだ終わってねぇ」

飛んで抱きつこうとしたライルの顔面をハレルヤの手の平が押さえつける。怒られてから“待て”を命
令された犬のようにハレルヤの顔を窺うライルは感動と傷心で涙目だ。

「手、出せ」

ライルは素直に両手の平を差し出す。

「はい」

「こっちだけでいい」

ハレルヤはそう言うとライルの左手を取った。ポケットからまた別の何かを取り出すと、向きを確認し
てからそれをライルの指にはめた。

「お前なら知ってるだろ?」

「クラダ…リング‥‥?」

ハレルヤはゆっくりと頷く。
クラダリングとはアイルランドに昔から伝わるラブリングで、はめる指やはめる向きによって意味合い
が異なるという。
ハレルヤがライルにはめたのは左手の薬指で、向きは正方向。それは恋人や既婚者のつける位置。
ライルもニールも、幼い頃に妹に熱く語られたので強く印象に残っている。

「嘘‥‥。だってこれ、なんでハレルヤ、知って…っ」

「指輪について調べてたら見つけたから買った。嫌だったか?」

「‥‥‥っ!!」

ライルはちぎれそうなくらい首を振って、今度こそハレルヤに抱きついた。

「大好き…!!ハレルヤのこと、俺もう大・大・大・大・だぁぁぁい好きっっ!!!!」

「‥‥知ってるよ」

ハレルヤの分のクラダリングはケースに入れて家に置いてある。ライルの分のケースも用意した。店で
調理もする二人にとって、指輪はいつも着けていられる物じゃないからだ。
金色に光るライルのクラダリング。幸せそうにそれを眺めるライルを見て、ニールはこっそりとアレル
ヤを窺った。

「なぁ、アレルヤ…」

「はい?」

ドキドキと煩い心臓の音を抑えて呼びかけた恋人は、いつもと変わらない笑みを浮かべている。
ニールは無意識に唇を尖らせた。

「――…いい。なんでもない‥‥」

“俺も欲しい”なんて言えない。いつだったか、ライルがハレルヤにそうねだって断られ、落ち込んだ時、
自分はアレルヤと呆れたんだ。それなのに同じことをするなんて、情けないにも程がある。
アレルヤは、突然呼びかけておいて黙ってしまったニールの方を向いて首を傾げる。

「いいんですか…?じゃあ僕からいいですか?」

「え?」

「ちょっと待っててください」

アレルヤは走ってバンに戻り、自分の鞄を漁ると何かを持ってきた。
ニールの前に立ち、そっと両手を差し出す。

「僕とハレルヤは元々、一人の人間だったから。なんだか、思考も似ちゃってるみたいで…」

そうはにかんで笑い、開いたアレルヤの両手には小箱があった。小箱の蓋を開けると、そこにはシルバ
ーのクラダリングが公園の電灯の光に反射して控えめに輝いていた。
ニールは翡翠色の瞳を大きく見開いてアレルヤを見る。

「受け取ってもらえますか…?」

アレルヤの言葉に泣きそうになりながら頷く。何か言葉を返そうと思うのだけれど、口を開いても何も
言葉にならなくて結局つぐんでしまう。
温かいアレルヤの手がニールの左手を取り、薬指にリングを着けた。サイズは勿論ぴったりだ。

「ア、アレルヤのは…っ?」

感動を噛みしめながら震える声で尋ねた。
アレルヤはニールの薬指に光るクラダリングを満足げに眺めていたが、ニールに呼ばれたので弾かれた
ように惚けた顔を上げる。

「え、僕の…?僕のはまだ鞄の中だけど…」

「取って来い。俺がはめてやる…!」

「は、はい…っ!」

なぜか怒鳴るようにニールが言うので、慌ててバンに取りに行くアレルヤ。

「え、えっと…確か‥‥」

アレルヤが助手席を漁っていると背中にトン、と温もりが重なった。

「これじゃないのか?」

振り向けようとしたアレルヤの顔のすぐ横にニールの顔がある。頬は赤く、細めた双眸はどこか夢うつ
つのようにぼんやりとしていた。
アレルヤの背に寄りかかったニールの手の先には、先ほど渡したのと同じ小箱。

「そうです…」

「ん、じゃあ、手を出して…」

アレルヤの背に乗ったまま、ニールは両手を伸ばして小箱からクラダリングを取り出す。
細く白い指先がリングをはさみ、ゆっくりとアレルヤの左手薬指へはめていった。

「これで…」

「お揃いですね…」

お互いの左手を重ね、絡め合わせて微笑む。
アレルヤは鞄を運転席の方へ移動させると、体の向きを変えて助手席に座った。その膝の上へニールを
誘う。
横向きに乗りながら、ニールはアレルヤの肩に手をまわした。
公園の電灯が青白くニールの肌を照らす。

「ありがとう、アレルヤ。愛してる…」

「ロックオン…。僕も貴方を愛しています‥‥」







月明かり降り注ぐ公園。
二組の恋人たちが熱くキスを交わした。

今日は11月22日…――



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どうやらクラダリングのネタってけっこう書かれているものらしくて…。すいません、まったく気づき
ませんでした…(汗)
女としてどうなのかと思ったりしたんですが、指輪ってどこの指に着けるのか知らなくて…。それでケ
ータイで指輪のつけかたを調べたらクラダリング販売店のサイトに辿り着いて。「こりゃ使うしかねぇ
じゃんか!!」ということで…。

実は作者の中ではギネスネタもメインに近い要素だったことは内緒(笑

2008/11/23

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