Lacrimosa〜name



日が沈んで間もない夜の始まり。
ライルとハレルヤはそれぞれ紙袋を抱えて家路を急いでいた。

「ほらハレルヤ、急げ急げ!日が暮れちまったぞ!!」

「おめぇがニールに頼まれたもん以外に寄り道なんかしてっからだろ」

「あー、人のせいにするんだー!」

「元からおめぇのせいだっつーの!!」

そんな言い合いをして歩く二人。唇を尖らせたライルがハレルヤを振り返った時、ライルの肩に前か
ら歩いてきた人の肩が当たる。

「あっ、すいません!」

「いえ、こちらこそ!」

咄嗟に謝るライル。ぶつかった相手も頭を下げ、いざこざは起きなかった。しかしライルの紙袋から
飲み終わったコーヒーの缶が転がり落ち、ライルは思わず声を上げる。
追いかけるライルにハレルヤは、

「いいじゃねぇか、空なんだからよ」

「駄目だよ。ポイ捨ては駄目!」

そう言いながらライルは転がる空き缶を追いかける。ハレルヤはめんどくさそうにため息を吐いた。

「よし!捕まえた!」

紙袋の中身を溢さないように空き缶を拾い上げたライルはハレルヤを笑顔で振り返る。

「はいはいお疲れさ‥‥――ライル!!」

ライルの背後からライトが当たり、ハレルヤが紙袋を放り出してライルに駆け寄った。

「え?」

そこから先はすべてがスローモーションのように見えたにも関わらず、ライルには何が起こったのか
わからなかった。



わかるのは、自分を呼ぶ声が一つなくなったということ。



「ハ、レ…ルヤ‥‥?」

地べたに座りこんだ自分の手の横を拾い上げた筈のコーヒーの空き缶がカラカラと転がる。

「ハレルヤ‥‥?」

「事故だ!」「誰か救急車を呼べ!」「他に怪我人はいないか!?」

周りの人たちが叫んでいる。伸ばした足の先に真っ赤な血が流れてきた。

「ハレルヤ!!」

道路脇の店に突っ込んだ乗用車の横に投げ出された人形のようにハレルヤが倒れていた。

「ハレルヤ!ハレルヤぁっ!!目ぇ開けろよ!!おい!!」

遠くから救急車の音が聞こえた。ライルはハレルヤの手を握り、ハレルヤを呼び続ける。

やがて到着した救急車にハレルヤが運び込まれ、同乗したライルは絶え間なくハレルヤを呼び続けた。
病院に着くと集中治療室にハレルヤは連れて行かれ、残されたライルはニールとアレルヤに連絡をす
る。声が震え、思うように言葉が繋がらない。

『大丈夫、大丈夫だよライル。俺らもすぐそっち行くから。待ってて、な?』

電話が切れ、ニールの声がなくなる。再び一人になったライルは悪夢のような時間を待合室で過ごす。

「俺の…せいだ‥‥」

右目を覆う眼帯。ライルは右手で顔の半分を押さえるとむしり取るように眼帯を床に叩きつけた。

「俺の右目が、死角だったばっかりに…!!」

事故の原因は右後方からやって来た飲酒運転の車。ライルは三年前に受けた傷を治療せずにいたこと
を激しく悔やむ。
パニックになりながらなんとか持ってきた自分とハレルヤの鞄。自分の鞄から財布を取り出し、両手
で握りしめた。財布の中には先日こっそりくすねたハレルヤと自分の名前の書き込まれた婚姻届が入
っている。

「ハレルヤ‥‥ハレルヤ‥‥!!」


しばらくして“手術中”のランプが消え、ちょうどニールとアレルヤもやって来た。

「ライル!!」

ニールの声に顔を上げる。集中治療室から出てきた医師は、つい今まで治療をしていた患者とそっく
りのアレルヤを見て少し驚き、それからハレルヤの状態について説明を始めた。

「命に別状はありません。ただ、頭を強く打ち、右足を骨折しています。脳の精密検査の為に数日の
 入院が必要です」

アレルヤが小さな声で「脳の精密検査…」と呟く。

「それって、必ず受けなくてはいけませんか?」

アレルヤの問いに医師は怪訝な顔をした。

「あ、あの、実を言うと、僕も弟も脳の検査ってやつにちょっとしたトラウマを持ってて…。できれ
 ば機械で測定をするようなのはやめてほしいんです、けど‥‥」

そう言うと医師は納得したように頷く。

「わかりました。ただせめてCTだけは撮らせてください。それ以外は対話やリハビリで異常がない
 か確かめるようにしますので」

「あ、はい、お願いします…」

アレルヤが頭を下げるのと同じようにライルとニールも頭を下げた。そこにちょうどストレッチャー
に乗せられたハレルヤが集中治療室から出てくる。

「ハレルヤ!」

「まだ意識は戻りませんよ。麻酔を使いましたから」

看護師がライルに告げ、何かに気づいたようにライルの背後を見た。医師と同じようにハレルヤと双
子のアレルヤに驚いたのかと思えば警察が来ていた。どうやら被害者側の事情聴取らしい。

「行って来いよ。ハレルヤには俺がついてるから」

ニールが床に落ちた眼帯を拾ってライルに渡す。ライルは眼帯を受け取り、小さく「頼む」と言うと
二人の警察官の方へ歩いて行った。

「入院するなら、僕、ハレルヤの着替えを取りに行ってきます。大丈夫ですか?」

「あぁ、わかった。任せとけ」





数時間後。警察の事情聴取を終えたライルはハレルヤの病室にいた。ニールとアレルヤは一旦食事を
しに席を外している。

「ハーレルヤっ」

静かな病室にライルの声だけが響いた。

「ハレールヤっ。ハーレルーヤっ。ハーレールーヤー」

何度も何度も呼び続ける。膝の上には婚姻届の入った財布を乗せて、手はハレルヤの右手を握りしめ
て。

「――…ハレルヤぁ‥‥」

何度呼びかけても返事がなく、泣きそうな声が出た。
命に別状はないと言われても、頭を強く打ったなら、脳に何か障害が残ってしまうかもしれない。

身体が動かなくなってしまったら?―――俺がハレルヤの手足になる。

目が見えなくなってしまったら?―――俺がハレルヤの目になる。

口がうまく使えなくなってしまったら?―――俺がハレルヤの声になる。



記憶を失くしてしまったら…?



俺はハレルヤの記憶にはなれない。



俺はハレルヤの“知らない人”になる。



「――…ハレルヤぁ…っ」

本当に涙混じりの声が出た。ハレルヤの顔が滲んで見えた。

「ハレルヤっ、ひくっ…ハレルヤぁっ…!」



――うっせぇなぁ‥‥



「聞こえてっから、そう何度も呼ぶんじゃねぇよ」

慌てて涙を拭った先、ハレルヤは不機嫌そうに目を開けていた。

「ハレルヤ!」

「いってーなぁ‥‥。あァ?ライル、ここ…病院か?」

「ハレルヤ、大丈夫か!?俺がわかる?俺がわかるのか!?わかるか俺が!」

「ん、あ〜、ってェ‥‥」

「今『ライル』って言ってたよな確かに『ライル』って、あぁ!俺は聞いた、俺はライルだ!俺がわ
 かるんだな?ハレルヤの目には確かに俺が映ってるんだな!他の誰のことがわからなくても俺のこ
 とはわかるんだな!それは定かか?それは定かか!?」

「うっせぇ、つってんだろ!頭痛ェんだから静かにしてろよライル」

「うっ、ひぐっ、うわぁぁぁんハレルヤぁぁぁぁ!!」

ライルは思いきりハレルヤに抱きつく。胸にすがりついて大声で泣いた。

「身体は動くか!?」

「動くよ」

「俺が見えるな!?」

「見えてるよ」

「舌が痺れたりしてないな!?」

「大丈夫だっての」

「俺が誰だかわかるんだよな!?」

「ライルだろ」

涙でぐずぐずになった顔でハレルヤを見る。

「フルネームは?」

「ライル・ディランディ」

「俺の弟は?」

「ニール」

「ニールのコードネームは?」

「ロックオン・ストラトス」

「ハレルヤの兄貴の名前は?」

「‥‥アレルヤ・ハプティズム」

「ニールとアレルヤの関係は?」

「元同僚で現恋人。って、なんなんだよこれ」

「ハレルヤが記憶喪失になってないか確かめてんの!あとは、えーっと‥‥」

ハレルヤの胸の上に乗ったまま、顎に手を添えて考えるライルに、ハレルヤは深くため息を吐いた。

「覚えてるよ、全部。ガキの頃のこともソレスタルビーイングでのことも、ニールを探してアメリカ
 中探しまわったことも、サンドイッチ屋のことも」

ぶわっとライルの左目に溜まっていた涙の量が増す。

「うわぁぁぁん!よかった!よかったよぉぉぉ…」

「はいはい…」

呆れたハレルヤはライルの頭を優しく撫でてやり、ライルの泣き声を聞いてやって来たニールとアレ
ルヤに片手を上げて「よォ」と応えた。

「よかった、目が覚めたんだね…!」

「災難だったなハレルヤ、大丈夫か」

心底安心したような二人の声を聞き、ハレルヤは照れくさそうに頬を掻く。心配をかけた謝罪と感謝
を伝えようと口を開きかけたところでライルの声に遮られた。

「俺、今日この部屋に泊まる!!」

「へ?え?はァ!?」

「ハレルヤの傍で看病する!!ハレルヤが事故に遭ったのは俺のせいだもん!!」

「ちょっ、ちょっと待てライル…」

「じゃあ僕はお医者さんに言ってくるねー」

「それじゃ俺はライルの服、家から取ってくるわ」

「ちょっ、お前ら…!!」

すぐさま行動を開始したニールとアレルヤを呼び止める間もなく、再び病室に二人きりになるハレル
ヤとニール。

「ごめんなハレルヤ。何でも言って?俺、ハレルヤの怪我が治るまで何でもするから」

既に泣き腫らした目をしながらライルは笑顔で言った。

「俺が怪我したのはおめぇのせいじゃねぇよ…」

「、でもっ…!」

ハレルヤはまた泣きそうなライルを見、小さく舌打ちをすると手招きをする。

「取り敢えずこっち来い」

「うん‥‥」

椅子をガタガタと動かしてハレルヤの更に近くに移動したライル。もう一度手招きされ、顔を近づけ
る。

「もう泣くな。それが一つ」

「!わかった」

「それから…――」

ハレルヤは手を伸ばし、息のかかるくらい近くまでライルの頭を引き寄せた。ライルは一瞬、ドキッ
として頬を赤らめる。
ハレルヤは甘く掠れた声で囁いた。

「――…美味いキスをさせろ」

「、うん‥‥」

薄く唇を開いて舌を絡ませながらキスをする。何度も。何度も。互いの唾液が混ざり合い、ハレルヤ
の頬を汚しても止めない。



「ハレルヤ…死なないで…よかった‥‥」

「おめぇら、残して、死ねるかよ…っ」

「ん、ハレルヤ…、好き、だよ…っ」

「たりめぇだ…」

ライルは少しだけ唇を離し、額を合わせてハレルヤを見ると、頬を紅潮させながら言った。

「ハレルヤは?俺のこと、好き?」

「あぁ」

「駄目!ちゃんと言って!!」

女みてぇなこと言ってんじゃねぇよ、とハレルヤは一瞬だけ顔をしかめたが、それほどにライルは心
細い思いをしたのだと察してやる。

「わかったよ‥‥」

ハレルヤはライルの眼帯に手をかけ、制止を無視して眼帯を外す。
隠された右目に口づけを落として、ハレルヤは告げた。

「ライル、愛してる‥‥」

恥ずかしそうにはにかんだライルはギュッとハレルヤに抱きつき、二人は長いキスを交わした――。


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婚姻届けの話もそうですが、ハレライがくっつく話を書かずにくっついた後の話を書いてしまって
すいません…。

これも友人Dから送られてきた小ネタを書き換えたものです。同じドラマの一場面だそうです。
ライルの死角について書いて、そういえばこれは本編捏造が元だったことを思い出しました。

2008/08/03

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