甘い唇



ナナシは部屋の椅子に腰掛けて読書をしていた。時刻は既に深夜。
きりのいいページで栞を挟み、ナナシは軽く伸びをする。

「そろそろ寝るか…」

そう呟いた時だった。コンコン、と部屋の扉を叩く音がする。
ナナシは静かに扉に近づくと外の気配を窺い、知った人物の気配だとわかると扉の鍵を開けた。

「ゲイリーか」

「へへっ、ナナシ!」

ナナシが扉を開くとゲイリーが勢いよくナナシに抱きついてくる。ぎゅうぎゅうと抱きしめるゲイリー
の腕を掴み、抵抗しながらナナシは部屋の扉を元通りに閉めた。

「今までバイトか。――…少し酒の匂いがする。お前、飲んだな」

「ビールとぉ、チューハイとぉ、あ、なんか高そうなワインも飲んだぁー」

咎めるようなナナシの言葉もゲイリーには届かない。
ナナシは眉をしかめて、のしかかってくるゲイリーを睨んだ。

「違法取引をしている俺が言うのもおかしな話だが、お前はまだ未成年だろう。それをこんなに酔っ払
 うまで酒を…」

ゲイリーが体を起こして、膜の張った両目でナナシの顔を見る。頬が紅いのは明らかに酒のせいだ。

「でも俺、クローンで成長早ぇから。体組織的には余裕でセーフだもんよ。セーフセーフ!」

カラカラと笑うゲイリーにナナシは頭を押さえた。

「セーフだと言うのならもっとしゃんとし…っん!」

ふいにゲイリーはナナシの唇を奪う。ちゅっちゅっと唇を吸い、くちゅくちゅと舌を絡ませた。

「ん‥‥んぅ…ぁ、ゲイリ…んんぅっ…――!」

身長差から僅かに上向きになるナナシの口の端から二人の混ざり合った唾液が溢れる。
濃密なキスは熱を帯び、微かにアルコールを含んでいた。
滅多に息を乱さないナナシが忙しく肩で息をし、漸くゲイリーはナナシの口内を犯すことに満足して唇
を解放する。二人の唇をキラキラ光る糸が繋いだ。

「――…す、げぇ、甘い。ナナシ、甘い」

ナナシの顎に流れた唾液を親指で拭い、舐める。

「馬鹿言え…。酒の味がまだ残ってるお前のほうが甘い」

ナナシも手の甲でその跡を拭いた。するとその手を掴まれ、再び唇を塞がれる。
けれど今度のキスはそんなに長い時間のものではなかった。

「じゃあ、本当に俺が甘いか確かめろよ」

ゲイリーはそう言ってナナシの手を離し、肩を押す。まるで“跪け”と言っているように。

「痛っ、ゲイリー…!」

「いいから、座れって」

ナナシは抵抗を止め、大人しく床に膝立ちの状態になった。
ゲイリーは満足そうにナナシを見下ろすと、ゆっくりと自分のベルトを外し始める。

「、ゲイリー!お前…まさか俺に!?」

「ほら、確かめてみろよ。俺のほうが甘いかどうか…」

ナナシの目の前に晒されるゲイリーの勃ち上がったもの。
瞬間、ナナシの脳裏をサッと幼少の頃の記憶がよぎった。
けれどナナシは固く目を閉じると小さな声で呟く。

「お前なら…お前になら‥‥」

震える指を伸ばし、熱く脈打つそれに触れた。竿を軽く上下に擦り、漏れてきた先走りを掬うように、
ナナシは端正な唇をその先端に触れさせた。
ゲイリーはナナシが緩く結っていた髪や長い前髪がナナシの表情を隠さないようにまとめて持つ。持ち
ながら、ナナシが口での愛撫を拒めないように軽く頭を押さえた。
紅い舌を見え隠れさせながら竿から鈴口から丹念に舐め上げる。
やがて先走りの量が増えてきたところで、ナナシは一度だけゲイリーを上目遣いで見上げると、一瞬躊
躇う様子を見せてから目を伏せてゆっくりと口内にゲイリーを誘った。

「ん‥‥」

苦しげにしかめられる眉。ゲイリーの質量は増し、ナナシは太く逞しいそれに歯を立てないように注意
を払いながら―――口の中では舌で、外では指で―――丁寧に愛撫を施していく。

「ナナシ、飲めるよな?」

頭上から降ってきたゲイリーの声に伏せていた視線を上げた。
静かな声とは裏腹に限界を訴えるゲイリーの目。
ナナシは小さく頷いた。頷いて、締めつけるように吸い付きながら僅かに頭を上下させる。それに合わ
せて口に含みきれない部分を両手で扱いた。

「ァッ、ナナシ…ッ!!」

「!!」

ナナシの口腔で熱いものが弾けた。
喉奥に当たる熱に吐き気を堪えながら喉を鳴らして徐々に嚥下していく。

「くぅっ…!」

それほどに強い快楽だったのか。
ゲイリーは何回にも分けて勢いよく熱を注ぐ。その途中で、つい強く腰を振ってしまった。

「んんぅっ!!」

唐突に深く喉を突かれたナナシは反射的に口からゲイリーの性器を抜き出す。
そしてその先から吐き出しきられていなかった白濁としたものがナナシの顔に飛び散った。次いでナナ
シの口から飲みきれなかった同じものがとろりと溢れてくる。

「けほっ、けほ…」

口元を手で押さえ、ナナシは忙しく呼吸を繰り返した。
その横顔をうっとりと見つめていたゲイリーは自分の方にナナシの表情を向けるように手を伸ばす。
ゲイリーの指先がナナシの頬にかかった己の精液に触れた。
すると今まで笑みを携えていたゲイリーの顔が段々と強ばっていく。

「ナナシ!」

ガバッと床に膝をついたゲイリーは両手でナナシの顔を自分の方に向け、その整った顔が己の吐き出し
た欲望にまみれているのがわかると服の袖でぐいぐいとその跡を拭った。

「ん、ゲイリー…?」

「悪い、俺酔っ払ってた!!くそ…髪の毛にも‥‥。ごめんナナシ、立てるか!?洗面所行くぞ」

力強くナナシの腕を引いて立たせ、洗面所まで連れていく。
ゲイリーは白い清潔なタオルを濡らすとナナシの顔を丁寧に拭っていった。

「ごめん、ナナシ…。俺、こんな、ごめん‥‥」

もう一度シャワーを浴び直したほうが早いのはわかっていたが、ナナシはゲイリーにされるがまま、洗
面台に軽く腰掛けている。

「ゲイリー」

ふいにナナシがゲイリーの手に触れた。ゲイリーはビクリと動かしていた手を止める。
ナナシは優しく諭すように言った。

「ゲイリー。俺は、大丈夫だ。こんなの、ガキの頃は自分で処理をしていた」

ゲイリーは垣間見させられたナナシの過去に表情を歪め、

「俺がよくない!!」

「俺のフェラは下手だったか?」

「そういうこと言ってるんじゃねぇよ!!」

ナナシが酔っ払ってひどいことをしてしまった自分に不器用に“気にするな”と言っているのはわかっ
ていた。けれどゲイリーの中のナナシに対する罪悪感と自分に対する怒りは治まらない。
ナナシもまた、ゲイリーの怒りの原因はわかっていた。しょうがない奴だという風に苦笑して、袖の下
に一本だけ隠し持っていたナイフを取り出して見せる。

「お前は俺を侮っていないか?お前に頭を押さえつけられたくらいで俺が本当に身動きを取れなくなる
 とでも…?」

銀色に輝くナイフは刃にゲイリーとナナシの横顔を映し、カタン、と音を残して洗面台の端に置かれた。

「それともお前は食い千切られるほうを望んでいたのか?」

流し目で見つめられ、その光景を想像したゲイリーは顔を真っ青にしてぶんぶんと首を振る。
ナナシは思わず笑みを漏らし、スッと身を寄せた。

「ゲイリー…。お前だからだ」

唇が触れ合いそうなほど近い。互いの瞳の中に自分の顔がわかるほどの近さだ。

「俺?…が、なに‥‥?」

「お前だから、できる。できた。あの狸親父たちの記憶に惑わされることなく」

ゲイリーの鼓動が一際強く鳴った。

「ナナシ、それって‥‥。もしかして俺、自惚れていい…っ」

それ以上の言葉を許さないようにナナシの唇がゲイリーと深く重なり合う。



―――いいさ、もう。自惚れてやる!!



ゲイリーはナナシの細い躯をかき抱くと自ら口づけを深くした。



抵抗なく絡め合うことのできた舌は、やはり甘く感じた。


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すいません、なんか急にFしてる話を書きたくなって…(爆)
でもあまり本当はFって好きじゃないんですよ。今更なにをって感じですよねー(苦笑)

2008/07/21

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