クマノヌイグルミ



ナナシとゲイリーは曇天の街を歩いていた。気温も低く、雲行きも怪しい今日は人通りは少なかった。

黒いコートの長い裾と一つに纏めた長い黒髪をなびかせてナナシは颯爽とショーウィンドウの前を歩
いて行く。
一方、ダウンジャケットのポケットに手を突っ込み、ショーウィンドウを眺めながらナナシの後をつ
いて行くのはゲイリーだ。

デート―――ではないだろう。どこの世界に消耗したナイフを買いに行くついでに覚醒剤を仕入れる
デートがあるだろうか。
しかし少なくともゲイリーの方はすっかりデート気分だ。しっかり昼食のレストランも決めてある。

ナナシはそんなゲイリーの考えを見抜いていながら、特に会話もせずに石畳の道を歩き続けていた。

と、ふと気づくとゲイリーの気配が立ち止まって離れていく。

「?」

眉間に皺を寄せて振り返ったナナシはショーウィンドウに額を寄せてディスプレイを凝視しているゲ
イリーを見つけた。
はぁ、とため息を吐いて離れた数歩を戻る。

「何してる」

ナナシが訊ねるとゲイリーはショーウィンドウを覗き込んだまま答えた。

「いやな、今日はライル坊じゃなくて俺を共にしてくれた訳だが、普段は俺とお前ってなかなか会え
 ないじゃん?」

「ライル坊やには別の取引を任せているだけだ。そしてたまたまお前はアルバイトの休みに重なった
 から連れてきたにすぎない」

ナナシの言葉に、ゲイリーは屈めていた腰を起こして不満げな顔をする。ナナシはそんなゲイリーの
表情を無視してディスプレイの中身に目を向けた。

「それで?どうしてお前はこんな物を見ていた?」

ショーウィンドウに飾られていたのは大小様々なテディベア。どうやらここはテディベア専門店らし
い。

「ん?あぁ、これな。だからさ、普段なかなか会えなくて、たまにお前が屋敷に居てもだいたい寝ち
 ゃってんじゃん?俺はバイトで昼間居ねぇしさ」

ゲイリーはにへらと笑って頬を指で掻いた。

「だからナナシが寂しくないようにぬいぐるみでもプレゼントしてやろうかなぁ…なんてな」

ナナシの目が細められる。

「だぁもう!どうせ馬鹿にする気なんだろ!?わぁってるよお前のその目を見りゃあな!!」

ゲイリーはボサボサの頭を更にぐしゃぐしゃとかき混ぜてショーウィンドウから離れた。ナナシはも
う一度ショーウィンドウの向こうのテディベアを一瞥してゲイリーを追う。

「――…まぁ、貰ってやってもいいが…」

ナナシの一言にゲイリーはつんのめるようにして立ち止まった。

「マジで!?」

目がキラキラと輝いている。その目を見返してナナシは口の端をニヤリと引き上げた。

「お前が居ない間の憂さ晴らしに切り刻むにはちょうどいい相手になる。綿の手応えに満足するかど
 うかはわからないがな」

げっ、と後ずさりしたゲイリーの脇をナナシはクスクス笑いながらすり抜けていく。

――笑いながら、ナナシの目は哀しげに石畳の地面を見つめていた。

「ナナシ」

ゲイリーの手がナナシの腕を掴む。そのままナナシを振り返らせた。
ゲイリーの表情は一変して真面目になっている。

「お前、俺と一ヶ月会えなくてイライラしてたら、刺す?抱きつく?」

ナナシが怪訝な顔をしてゲイリーを睨む前にゲイリーはナナシを腕の中に抱きしめた。

「、おい…!」

「刺さない、よな?だって俺、お前が好きになってくれてからナイフ向けられたことないぜ?」

「‥‥‥‥‥‥」

幸い視界の中に人影はない。
ナナシは無言で数秒だけゲイリーに体を預けた。

「ナナシ

どすっ。

ぐふっ…!!」

預けた、かと思うと、唐突にゲイリーの腹部に強烈な右拳が入った。ゲイリーは腹を押さえて体を半
分に折る。

「ナ、ナシ…っ、おま、げほっ…人が来たからって…げほげほっ‥‥」

ゲイリーの腕の中から逃れたナナシは笑みを浮かべて、楽しそうに声を漏らしながらゲイリーを置い
て歩き出してしまった。

「ちょっ、おい!ナナシ待てよ!!」

「くっ、あはははっ!!」





――ニール坊や。俺はこんなにたくさん笑えるようになったよ。お前は喜んでくれるかい?

これは全部。

ゲイリーのおかげなんだ。



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ゲイリーは18歳ですから。サーシェスのクローンだけど優しい子ですから。
だからね、時々やんちゃ坊主なんです(笑)時々大人ですけどね。
まぁ、やんちゃ坊主っぷりはデートネタで発揮されますかね。


2008/06/04

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