クスクスクスリ(後編) 中途半端に脱がされたシャツに両手を拘束され、キングサイズのベッドに仰向けに倒された。燃える ような赤毛が視界の端に揺れる。そうかと思えば次の瞬間にはまた唇を塞がれ、舌を吸われた。 カチャカチャとベルトの外される音がする。 「っ、ふっ、ア…アリー、ぃっ」 「すげぇ効くだろ、このクスリ。どんな女相手にも表情変えないお前がこんなにヤバい面してるなん ざ、ビデオにでも撮っておきたいもんだな」 言いながら、奴は俺の胸板を撫でまわす。突起に指が触れる度、俺は顔を背け、腕で表情の半分を隠 した。漏れそうになる喘ぎを必死に耐える。 「出せよ、声。マジでビデオまわしてると思ってんのか?冗談に決まってんだろ!」 「わかって、るさっ!」 「なら遠慮すんな」 「ふざける…なっ、ぁァっ!」 舐めもせず、アリーの歯はいきなり熟れた果実のようなそこを食んだ。肌が粟立つ。 「お…なるほどな。話させりゃ声も出るか」 アリーの愉しげな声が熱い息と共に晒された肌にかかる。舌で執拗に胸の突起を舐めた。 「ぅっ、くっ…!!」 アリーの手はズボンに伸ばされている。下着の中に容赦なく侵入してくるアリーの指。 「こんなに濡らしてまぁ…。この淫乱がッ!」 「テメェの所為…っく…!」 触れられたことで一気に限界の波が押し寄せた。が、唇を噛み、耐え抜く。 先走りを絡ませた指で俺の腹を撫で―――むしろ擦り付けたに近い―――己のズボンを膝まで下ろす アリー。 「ホントは口に突っ込んでやりてぇが…」 「…食い千切ってやる‥‥!」 「…だろうな」 俺のズボンを下着ごと剥ぎ、両足をグイと開く。 「やめろ‥‥っ!!」 「嫌か?お前が散々、“大事なニール坊や”にしてるのと同じことだぜ?」 「違う!やめろアリー…――っぅん!!」 もう一度先走りを指に絡め、アリーは人差し指を俺の中に差し込み、掻きまわし始めた。 「っく、ぅっ、ぅっ…」 「耐えんなって。大人しく解されとけよ」 躯は拒み、きつく指を締め付けているだろうに動きが鈍ることはない。次第に空いた左手で性器を強 く攻め立てた。 「早くイッちまえよ、ナナシ」 噛み締めた口の端から血が滲んだ。痛みでしか理性と意識を保てなくなりかけている。 「俺が初めてなわけじゃないだろ?えぇ?」 アリーの言葉に閉じていた瞼を開いた。 その時の俺の瞳はどんな感情を乗せていただろう。 怒り。屈辱。殺意。 驚愕。恐怖。 「お前ンとこの狸親父に、ガキの頃散々やられてたんだろ!!」 「っ、なぜ…それを‥‥‥ぁ、ァァァっ!!」 告げられた己の過去に、耐えていた快楽が溢れ出した。ついに声をあげて俺は達してしまう。 胸の上に弾けた白濁色をなぞりながらアリーは哄笑をあげた。 「っ、はぁっ、く…は、ぁっ…!!」 「知ってんだよォ。なんでかは企業秘密だけどな!!」 乱れた息の下、俺は膜の張った目でアリーの動作を見ていることしかできない。極限まで堪えていた 快楽が強すぎて、意識を失わなかったことさえ奇跡だ。―――否、意識を手放してしまったほうが嫌 な過去を思い出さずに済んだかもしれない。 「挿れるぜナナシ。一本で充分だよなァ?馴らさずにヤられたこともあんだろ?」 「ァ、アリー…ィぃっ、ァ、ぁっっ!!」 ずぶりと熱の塊が俺の躯を貫いた。爪が剥がれそうになるほど強くシーツを握り締める。 「最っ高だぜナナシ!!告死天使のガキよりお前のほうが数倍イイ!!」 「ァッ、ァっ、っ、っっ…!!」 容赦なく際から奥までの律動を繰り返される。ひきつれた内壁に内臓まで持っていかれそうだ。 「お前のガキの頃の話を仕入れた時からヤるしかねぇと思ってたんだよ!当たりだぜ!あのガキに仕 込んだのはテメェの経験か!?テメェがされたことをしつけたんだろ!!」 ぐ、と奥の奥まで沈み、そこでアリーの欲が吐き出される。跳ね上がった躯はアリーの両腕に押さえ つけられた。 そんなに頭を振った覚えはないのに結っていた筈の髪は乱れ、シーツの上に広がっていた。そのひと 房を手に取り、弄びながらアリーは口の端を上げて笑う。 「まだ終わりじゃねぇぞ。満足いくまで犯し尽くしてやる」 腹をくくり、瞼を下ろした。新しい薬が左腕に射たれる。 「殺してやる、アリー…」 「テメェにゃ殺されねぇよ、ナナシ」 血だらけの屋敷で男二人。 薬と性交に溺れる。 ◇ 俺が組織のアジトに帰ると部屋にいた部下達が一斉に立ち上がり、駆け寄ってきた。 「ナナシさん!!」「おかえりなさいナナシさん!!」「ご無事でしたか!!」 その中にニールはいない。アリーに抱かせてから、ニールは部屋の隅で戸惑いの目をして俺を見つめ ることが増えた。 今もそうだ。壁際に重ねられた木箱の上から俺を見ている。ただその表情には憂色が漂っていた。 「ナナシさん、連絡も無しに三日もどうしたんですか!?」 部下の一人が問うた。 そう。俺は取引場所のあの屋敷に三日間閉じ込められ、アリーにレイプされ続けたのだ。 しかし今は服も整え、あの時の表情は一片も残っていない筈だ。 「上から取引の金を早く寄越せと連絡が…。失敗なんかしてたらナナシさんの首を…――」 俺は部下の言葉の最中でアタッシュケースを丸いテーブルの上に投げ置き、顎でそれを示す。 一人が恐る恐るアタッシュケースの蓋を開いた。 「なっ…!!」 中身を見た男が蓋を開けた状態のまま、驚愕で固まる。脇から別の男が中を覗き、それから俺の方を 向いて叫んだ。 「ナナシさん!!こ、これ!この額半端じゃな…――取引の倍以上の金じゃねぇッスか!!」 部下達がざわめき出す。俺はただそれを一瞥し、奥の扉に向かった。部下の中でリーダーを任せてい る男を呼び、指示を出す。 「取引の分の金と詫びの金、今日中にボスに届けろ」 「はっ」 扉の前で振り返り、少しだけ声を張った。 「残った金はお前達で好きにすればいい。ただし、くだらない揉め事をした奴は俺が殺す。いいな?」 「「「はっ、はい!!」」」 一瞬の静寂の後、俺が扉を背で閉めると再び部下達の歓声が爆発した。息をつき、重い躯を引きずる ように歩き出した時、背後で扉が開き、閉じた。 「ニール坊やかい?」 「ナナシさん…」 振り向くと、うつ向きがちに佇むニールがいた。 ――まずいな。 「ナナシさん、おかえりなさい。あの…大丈夫ですか?」 手袋を外した繊細な指が俺の手に触れる。 「熱い…。ナナシさん、熱があるんじゃ‥‥」 心配そうに見上げる翡翠色の瞳。 「大丈夫だよ。気にしなくていい」 ――熱はある。去り際に射たれた薬がまだ躯の中に残っている。 「声も、なんかちょっと掠れてるし…。風邪…?」 ――当然だ。どれだけアリーに鳴かされたか…。 ニールが一歩踏み出し、その分俺に近づいた。 ――来てはいけない、ニール坊や。 「ナナシさん…?」 ――今は理性がもたないんだよ 「ぁっ…ぅん!!」 ニールの細い躯を壁に押しつけて唇を塞いだ。歯列を割って舌を差し入れ、躯の中の熱を伝染すよう に口づけを深くする。 「ぁふっ、んんっ、ぁ、ナナシさ…っ」 呼吸が苦しいのか弱々しくニールの手が動き、俺の腕―――腕というより手首に近い位置を掴んだ。 「っ、!!」 反射的に唇を離し、ニールを見下ろす。掴まれた手首を優しくほどき、後ろに下がってニールと距離 を取った。 頭の中でアリーにされた行為を思い出したのだ。 アリーだけではない。幼少期に実の父親や他の幹部にされた行為の数々を‥‥。 「ニール坊や、俺は暫く部屋に籠る。誰も部屋に近づくなと皆に伝えなさい。お前も、俺が呼ぶまで 来てはいけない」 「ぇ…ぁ、はい‥‥」 返事をしつつ、ニールの目は俺の手を追っていた。 ニールの触れた手首の裾の下には、拘束された際の痣が残っている。それ以外にも躯のそこかしこに 紅いうっ血痕が整えた服の下に隠してあった。 「大丈夫ですか?」 まるでそれを見透かしているような澄んだ瞳を手の平で覆い隠し、俺は短く、深い口づけをニールに 送る。 「いい子だね、ニール坊や」 瞼を覆っていた手で柔らかいくせ毛をくしゃりと撫で、俺はニールに背を向けた。 いい子だね、ニール。 けれどお前は、いつまで俺を受け入れてくれる? お前を歪めて汚す俺を。 歪みに気づいた天使が死神に刃を向けるまで きっとそう遠くはない――。 『告死天使のガキに言っておいてやったぜ?テメェのしてる本当の仕事をよ!』 ――紅いナイフの鞘は ――…俺だ ------------------------------------------------------------------------------------------ この『クスクスクスリ』が紅いナイフシリーズの根底にあるようなものですね。ニール坊やがナナシ さんを刺したのもサーシェスのせいだし、本格的にナナシさんが「死ぬのならニールの手で」って思 ったのもたぶんこの頃だと思うし…。 そしてたぶんナナシさんがヒロインに転向したのもこの『クスクスクスリ』がきっかけです(苦笑) 2008/04/22 |