相――木を対象において目でみること。向き合う関係をあらわす。



あなたは今どこにいるの?



頬に触れた熱。しかしそれは人肌ではなく、事故を起こして炎上したトラックの爆風が自分の所ま
で届いたまでのこと。

「ロックオン…?」

組織のある屋敷に向かおうとして、タイミングよくというか悪くというか、スメラギさんから買い
物を頼まれた。僕は急いで買ってくるから、と再び雑踏に紛れ、あの人から離れてしまった。

「ハロ…?」

男二人だからと、スメラギさんに頼まれた買い物はどれも重いものばかりだった。化粧水にコンデ
ィショナー、フルーツの缶詰めにドリンク。一人で持って歩くのは一苦労だった。やはり男二人で
買いに戻るべきだったと後悔した。

「え…――。ロックオン…!?ハロ…!?」

はぐれるのが怖かったなら、しっかりと手を繋いでいればよかったのに。

「ロックオン!ハロ!」

手を繋いでいれば、一人になんてしなければ、こんなに怖い思いをしないで済んだのに。

「おい、向こうで事故だと!」「誰か救急車を!」「危ないぞ、ガソリンに引火する!」

すぐに戻ってくるから待っていて、とお願いした十字路にあの人はいなかった。周囲を見渡すと50
メートルほど離れた場所で物凄い轟音がしたかと思うと、人々の叫びの後で爆発・炎上した。

「すいません!すいません通して!!」

人垣をかき分けて橋まで近づく。荷物はその前にどこかに放り出してしまっていた。
真っ赤な炎が素肌に痛い。爆風に吹き飛ばされた人達が呻き声を上げて倒れていた。けれどその中
にあの人の姿も、オレンジ色のAIも見当たらない。

「ロックオン!!ロックオン、どこにいるんですか!?返事してください‥‥!!」

段々と頭の中が真っ白になっていく。思い過ごしだと、心配のし過ぎだと、無理矢理自分に言い聞
かせる。
僕がいたのは大きな橋の上の道路で。橋の下、河原に落ちた人もいると聞いて転がるように土手を
下りていった。

「ロックオン!!どこです!?」

岸に引き上げられる人の中にあの人の姿が見つからない。川岸に立って眺めるも、どこにもロック
オンの姿はなかった。


――ここには彼はいなかったのかもしれない‥‥。


そう思い、踵を返した時だった。
カツン、と足に何かが当たる。ふと見たそれは携帯電話だった。―――ロックオンの携帯電話だっ
た。

「!?」

拾い上げ画面を開く。そこには見慣れた待ち受け画面。ストラップも可憐に揺れるシルバーアクセ
サリー、彼によく似合ったお洒落なストラップだと思ったアレだ。

「ロッ、ク…オ‥‥ン――」

川に流されてしまったのか。救助されてどこかにいるのか。

「ロックオン…――!」



あなたは今どこにいるの?

おいていかないと誓い合ったのに

どこにいってしまったの



  ◇



ハロは往壓の膝の上で遊ばれ、俺は元閥と宰蔵に弄ばれながら小笠原の質問に答えていた。

「つまり貴殿は異界とは違う異世界から、この江戸にやって来た」

「そうだ」

「竜導の持っている橙色の鞠は喋るが妖夷ではない」

「ハロ!ハロ!」

「恐らく原因は西の者と同じ力を持った者による漢神の札。それで“漢神”、“同じ声”という繋
 がりから貴殿は此処に現れたわけだな」

最後に締めくくった小笠原の言葉に頷いて答える。

「そこまではわからんが、たぶんそうだと思う」

宰蔵は俺の服が不思議でしょうがないらしく、逆に元閥は俺のくせっ毛が気に入ったようだ。しき
りに指先に絡めては遊んでいる。

「では小笠原様、えっと…ろっくおんは元いた場所に帰れないのですか?」

宰蔵が一旦、小笠原に向き直って俺の代わりに尋ねてくれた。小笠原は難しい顔をして―――最初
から眉間に皺は寄っていたが―――言う。

「方法は探そう。しかし我々とて公務がある。――いや、蛮所改所は廃止になったので妖夷退治は
 公務ではないのだが…」

「わかってる。俺は此処では完全な余所者だ。アンタ達に頼るしかない‥‥」

「下手に動きゃ奉行所に突き出される。そうしておくのが得策だな」

言い澱む小笠原に応えれば、往壓が感慨深げに苦笑した。何かそんな経験でもあるのだろうか。

「迷惑をかける」

俺は頭を下げる。本当に、帰れる当てがないのだ。自力でどうこうできる域を越えている。

「取り敢えず――その服を着替える必要があるな」

今まで入口の辺りで座ったまま黙っていたアビが口を開いた。顔を上げて自分の服と彼らの服を見
比べてみる。宰蔵の好奇の目を見てもわかるように明らかに俺の服装は浮いていた。

「背は往壓くらいだな」

宰蔵が往壓を振り向く。しかし彼は右手を左右に振った。

「背は近いが、俺りゃ他人に貸せるほどの着物なんか持っちゃいねぇぞ。アビもだろ!?」

「あぁ、そうだな。宰蔵さんは論外」

「当たり前だ!!」

アビのひと言に宰蔵は怒鳴り返し、憤慨した少女は小笠原の方を向く。

「お頭は!?」

「町人風の着物など所持しておらんぞ」

いかにも役人、武士、という風貌の小笠原は自信満々に言いきった。買ってもらうのも貸してもら
うのも申し訳ないので、俺は黙って座っているしかない。
すると突然、元閥に腕を引いて立たされ、正面に向かい合って肩やら腰やらに触れられる。存分に
検分されてから、やおら彼は「大丈夫でしょう」と言った。

「儂のほうが背は低いが、丈の長い着物もあるし、なんとかなるでしょう」

「助かる。ありがとう元閥」

「礼には及びませんよ」

柔らかい声音なのに弾むような口調。元閥は女の形をしているので余計に彼の発する声が甘く聞こ
えるのかもしれない。

彼と自分が同じ声とは思い難かった。けれど事実そうなのだ。

元閥と正面から向き合ったのは二回目だった。俺はふいに思う。



――アレルヤは、俺の声と元閥のと、同じ声で呼んでもちゃんと俺を選んでくれるだろうか…。



そんなことを思ったもんだから、どうしようもなく不安になって、

寂しくなって…



泣きたくなった――



--------------------------------------------------------------------------------------------

用語集
漢神:あやがみ	 蛮社改所:ばんしゃあらためしょ

往壓が39歳、えどげんは27歳、アビが24歳で、小笠原様が20歳。宰蔵は14歳です。
みんな好きだけど誰か一人と言われたらえどげんか小笠原様(一人じゃない件について)

2008/04/22

BACK