遭――予定なしに出くわすこと。 会いたい、帰りたい そうやって迷子になった子どものように泣いたところで何も始まらない。俺は手の甲で、目の端に 浮かんだ涙を拭った。 「とにかく人に会おう。此処はどこなのか教えてもらって、できたら電話も貸してもらって‥‥‥ なぁハロ?――…あれ、ハロ?」 『うわぁぁぁっ!!なんだコレ!?』 ハロがいないとわかったのと同時に少し離れた場所から――少年か少女の――悲鳴が聞こえて、慌 てて立ち上がり斜面を下る。 コンクリートで舗装されていない道に着物を着た子どもの侍が倒れていた。その前でハロが跳ねて いる。 「ダイジョウブカ?ダイジョウブカ?」 「なななななんで鞠が跳ねて喋ってるんだ!?お前、妖夷か!?」 「すまん!そいつは俺のハロだ!!コラッ、ハロ!驚かしちゃ駄目だろ!!」 不思議な格好の子どもだな、と思いながらハロの持ち主として謝罪する。当のハロは「ゴメンナサ イ、ゴメンナサイ」とお辞儀をするように前後に揺れた。 「よ、妖夷じゃないのか…。い、いや!いやいや!!そんなことより、お前!」 「へ?俺…?」 びしぃっ、と音でも鳴るかと思うほどしっかりと俺を指さす子ども。 人を指さすのはマナー違反だぜ、なんて言えないほど真剣な目付きに俺は思わず間抜けな声を出し て自分を指さした。 「お前、異国の者だろう!?どうやって江戸に入った!!そんな異国丸出しの形(なり)でよくも…!」 入ったも何も札使いのじいさんに飛ばされた…なんて言って信じてもらえるものか。ていうか“江 戸”なんて言わないで“東京”って言えばいいのに、などと思う。ま、取り敢えず此処は日本なん だということはわかった。 「あー…うん。確かに俺は日本生まれじゃないけど、そんなに悪いことか?」 「悪いに決まってる!!‥‥って、あれ?お前まさか…もっかい喋ってみろ!!」 さっきから驚いたり怒ったり忙しい子だ。いきなり喋れと言われても困るので、俺は取り敢えず自 己紹介でもしようかと思って口を開く。 「俺は…――なっ!!」 頭上に影が生まれたかと思うと、平目のような生き物が敵意露に滑空してきた。侍姿の子どもを腕 に抱いて道の脇に転がる。すぐさま起き上がって腰の銃を抜き、いかにも弱点と言わんばかりの、 のっぺりとした胴体にただ一つだけあった目に弾を撃ち込んだ。 言葉で表現できないような断末魔の叫びを上げて化物はぼとんぼとんと肉塊を地上に降らして消え た。 「――…ンだよ、今のは…。大丈夫かお嬢さ「えどげん、お前ぇぇっ!!」 侍の格好をした子ども、もとい女の子は腕を伸ばして襟首を掴み、かなりの大声で怒鳴り始めた。 「は!?ちょっ、苦しい苦しい!ギブギブ…!」 「問答無用!!お前、お頭に別の用事を頼まれていたのではないのか!?わざわざ異人の格好に変装ま でして、そんなに仕事をするのが嫌か!?」 「ちょっ、話が見えな…っ!」 「問答無用と言った筈だ!!とにかく往壓たちと合流して、前島聖天に帰るぞ!!」 掴んでいた場所が襟首から腕に変わっただけで、強引に俺を連行する力は弱まることはない。 下手に抵抗するのも女の子相手に気が引けて。ハロを呼び寄せて腕に抱え、ずんずんと坂道を下っ ていく少女に呼びかけた。 「ちょっ、おいお嬢さん!!」 すると彼女は頬を染めて、すごい剣幕で振り返った。 「ばっ…!恥ずかしい呼び方をするな!!私はもう変装を見破ったぞ!いつも通り呼べばいいだろ!?」 「“いつも通り”って言われても、俺は嬢ちゃんの名前を知らねぇってば!!」 「巫山戯るな!!」 「ふざけてねぇよ!!」 さっきの化物を狙い撃った時よりも必死に訴えても少女は聞く耳を持たない。さっきとは別の意味 で泣きたくなった。 「宰蔵さん!!どこに行ってたんだ!」 ふと項垂れていた顔を上げると、俺より長身の、ガタイのいい男が坂道の先に立っていた。 「“宰蔵”って…お嬢ちゃんの名前?」 「何を今更なことを言ってるんだ。アビ!往壓は!?」 「往壓さんと一緒に宰蔵さんを探してたんだよ。往壓さーん!宰蔵さん見つけましたよー!!」 遠くで「おー!」という返事が聞こえる。宰蔵というらしい少女はアビと呼んだ男の傍に歩いて行 き、男は俺を見て瞬きを一つしてから宰蔵を見下ろした。 「宰蔵さん、この人は…?奉行所に突き出すつもり?」 「まさか。見た目は違うがコイツはえどげんだ」 「えぇ!?元閥!?そんな馬鹿な、」 「おいおいアビ。どした、素っ頓狂な声を出して」 新しく声がしてそちらを見ると濃い緑色の着物を来た男がだるそうに歩いてきていた。きっと彼が “ユキアツ”だ。 「ん?宰蔵、お前さん異人が嫌いなんじゃないのか?手なんか繋いで」 「違う馬鹿!!さっきから何度も言っているがコイツはえどげんだ! 「はァ!?」 ユキアツさんもまた調子外れな声を出す。宰蔵は手を腰に当てて威張っているが、俺は項垂れなが ら深くため息を吐いた。 「だからさ、誤解だっての。俺は“えどげん”って人じゃない。人違いだ」 「――…と、言っているが?宰蔵さん」 「でもなぁアビ、確かに声は元閥にそっくりだぜ?あぁでも‥‥」 ユキアツはしげしげと俺の姿を見、「失礼」と言って俺の顎に指を添えて自分に見やすいほうに動 かす。 「あーやっぱり目の色は元閥とは違うぞ?どっちかっていうとアトルの目の色とそっくりだ。髪の 色は誤魔化せても目の色までは無理だろ」 アトルもそうだし、と続けながらユキアツの瞳は俺の顔から宰蔵の方に向けられた。 「アトル、アトルと…幼女趣味か気色悪い!」 「なっ、誰が幼女趣味だ!!」 「うるさい!だが見ろ、コイツは南蛮の銃で妖夷を倒したぞ!ほら!」 宰蔵は俺を後ろに向けてジャケットを捲り上げる。もう俺はされるがまま。 「だけどこの銃は元閥が使っている銃よりも小さくて軽そうだ。それに異国の人間なら銃を持って いてもおかしくない。やっぱり人違いなんじゃないのか?」 そう言って苦笑するアビを見上げて、宰蔵は頬を膨らませた。その姿がなんだか可哀想になって、 俺は思わず宰蔵の頭を撫でてやりながら微笑んだ。 「えっ、と…宰蔵?なんか悪いな、俺の所為で馬鹿にされたみたいで」 「うるさい馬鹿!」 「あはは!まぁ取り敢えず、コイツを奉行所に突き出す前に、一度前島聖天に連れて行こうぜ。異 人にしては形も風変わりだし、何より俺たちが任されていた妖夷を倒してくれたんだろ?礼くら いはしてやろうじゃないか」 「オレイ!オレイ!」 「鞠が喋った!?」 ユキアツの言葉に反応したハロが腕の中ではしゃいだ。それを見てアビが大きな体をびくりと揺ら す。俺は笑いながら「こらハロ。脅かしちゃ駄目だってば」と軽く窘め、アビには「すまん」と謝 罪した。 「絡繰か…?すごいな。益々面白い奴だ!!」 豪快に笑ってユキアツに肩を抱かれる。どうやら彼には気に入られたようだ。年長者らしい彼が味 方に付いてくれて少しだけ安堵する。 「宰蔵、悪いがお前の上着を一時だけ貸してくれねぇか。人目につかないように帰るつもりだが念 のためこの兄ちゃんの形を隠したい」 「ふん!勝手にしろ!!またお頭に『余計な厄介事を連れ込みおって!』とお叱りを受けるに決まっ てる!」 ◇ 「また余計な厄介事を連れ込みおって!貴様は漢神使いでなく疫病神使いか!!」 往壓に連れられ、木造の小船で水路を進んで行った先、地下の空洞に立派に建てられた寺社の前で 俺は―――というか往壓は黒い着物を着た若い侍にいきなり怒鳴られた。 「まぁまぁ落ち着きなって小笠原の旦那…」 「反省の色がない!!貴様、これまでにどれだけの厄介事を連れてきたか覚えておらんのだろう!! ええいそこに直れ!日が暮れるまですべて説いて聞かせてやる!!」 「小笠原さん、往壓さんは好きに説教していいですから、取り敢えず元閥はどこにいますか?」 今にも血管が切れそうなほどの血相で叫んでいた侍に、アビが落ち着いた声音で問いかける。往壓 と侍とのこの手のやり合いはいつものことなのだろう。 侍―――小笠原というらしい彼は後ろの社を振り返って示した。 「元閥ならばつい先ほど戻り、今は中で新しく蘭学者から押収した銃を手入れしている」 俺はここに来るまで頭からかぶっていた宰蔵の上着を持ち主に返し、アビに続いて小船から上がる。 その姿を見て、今は言い争いより俺の素性を調べるのが先だと判断したらしい小笠原は俺たちより 前に立ち、水上に浮かんだ舞台のような場所と桟橋を渡って行った。 「えどげん!また竜導が厄介事を連れて来た。話し合いをするから下りてこい」 「…俺だけじゃねぇってのに‥‥」 ブツブツと呟いている往壓は無視して小笠原は階段を上がり、社に入りながら中に声を掛ける。俺 たちも階段を上りきり、社に足を進めると更に社の中にあった左手の階段から一人の人物が下りて きた。 「おや、これはこれは…。美しい厄介事を連れて来たようですね、竜導さん」 一瞬、女性かと思ったが、声を聞く限り男だとわかった。なんとなく聞いたことのあるような声だ と記憶を探る前に、ハロが腕の中から飛び出して彼の人物の腕の中に飛び込んだ。 「おおっと…!?」 「あっ、こらハロ!!」 「!?」 蓙を敷いて床に座ろうとしていた小笠原がガバッと勢いよくこちらを見たが、そんなことより今は いつもより増して暴れん坊なハロを捕まえるのが先だ。 「ハロ、お前今日落ち着きがなさ過ぎだぞ!すいません初対面でいきなり…」 「いいえ、構いませんよ。おや、どうしましたお頭?」 長い髪を緩く結って肩口に流し、杜若の組み合わせの着物に薄い浅葱色の上着を羽織った女性―― 否、男性が微笑みながらハロを渡してくれる。そして俺の肩ごしに小笠原に向けて首を傾げた。 「元閥!貴様いま腹話術の類いでも用いたか!?」 驚愕のあまり、怒鳴り声と変わらぬ大声に今度は俺が驚きながら、しかしその俺の背後でのほほん と笑う元閥――というらしい男。 「やだなぁお頭。そんな真似できる訳ないじゃないですかぁ」 「では何故その男が貴様と同じ声で話した!?」 「「え?」」 小笠原の指摘に声がハモった。俺と元閥の声だ。 「ロックオン、オナジコエ!オナジコエ!」 ハロが楽しそうにはしゃいでいる。 往壓は「傑作だ!」と笑い、アビと宰蔵は上等な芸でも見たように僅かに頬を染めて手を叩いてい る。小笠原は鯉のように口の開閉を繰り返し、元閥と俺は互いに顔を見合わせて間を跳ねるハロを 見つめた。 俺は自分が何処にいるのか全くわからない状況で何故か、自分と同じ声を持つ男と妙な出会いを果 たした―― -------------------------------------------------------------------------------------------- 人物・用語集 竜導往壓:りゅうどうゆきあつ 宰蔵:さいぞう 小笠原放三郎:おがさわらほうざぶろう 江戸元閥:えどげんばつ 妖夷:ようい 前島聖天:まえじましょうてん たぶん奇士シリーズ特有の読み方はこんなもんかと…。 妖奇士を知ってる人は前から見当がついていたと思いますが、えどげんとロックオンで声繋がりを やりたかっただけですすいません(苦笑) 2008/03/08 |