夢――夜の闇に覆われて、物が見えないこと。



ひどく怖くなった。



怖い夢を見た、と言えるのかもしれない。夢の内容はまったく覚えていなかったけれど、今の自分
がものすごくロックオンに会いたがっていることから、彼がいなくなるような夢だったのだと思う。

「(ハレルヤ…は、寝てるよね)」

ベッドの上に身を起こし、自分の中にいるもう一人の自分に話しかけようとするも、その意識が遥
か遠くにある感覚がして、もう一人の自分は眠っていることが伺えた。当たり前だ。部屋に二つあ
る時計のうち、暗闇にただ一つの光を放つデジタル時計は午前3時を示していた。
小さく息を吐く。静寂に近い――時計の針や外を走る車の音が微かにする――部屋で、飛び出しそ
うなほどうるさく脈打つ鼓動を静めようとシャツの上から胸を押さえた。
春になろうとしている2月の終わり、3月の始まりの頃、少し肌寒い空気に触れていても冷静さは
取り戻せない。

「水でも飲もう‥‥」

ベッドから立ち上がり、部屋を出る。ドクンドクンという鼓動が頭痛まで引き出しそうで嫌な感じ
だ。
部屋を出て、キッチンに向かう。真っ暗で、月明かりがベランダから差し込んでリビングが薄暗く
なっているくらいで足元はぼんやりとしか見えなかったが、人体実験を受けた身体と夜の仕事が多
い所為か夜目は利いたし、何より、このマンションでロックオンと同棲を始めて大分経つ。なんと
なく距離さえ掴めれば電気を点けずとも、キッチンに行って水を飲むことくらい容易い。

冷蔵庫からペットボトルを取り出して、口を付けてそれを飲みながら何とはなしにリビングの方を
見た。

そして、ソファーに倒れている人影に気づく―――

「え‥‥?」

ペットボトルを蓋も閉めずにシンクに投げ置いてキッチンを飛び出した。ソファーに駆け寄ってサ
イドボードのライトを点けようとするも、カチカチとスイッチの音がするだけで灯りが点かない。

「ロックオン?」

仄暗いなかで恐る恐る触れたロックオン――だと思われる人物――の髪は濡れていて。
外は月明かりが部屋に差し込んでくるほどなので、彼の髪が雨で濡れたということはない。
うつ伏せに倒れている彼の肌に触れようとソファーを回り込み、何かに引っ張られて抜けたらしい
ライトのコードをたどってコンセントに差し込む。

「ロックオン!ロックオン!!」

カチ、と今度はスイッチを入れると共にライトの灯りが点いた。その光と、自分を呼ぶ声にロック
オンはゆっくりと目を開く。

「ん…アレルヤ‥‥?どした…?――って、泣いてんのか?どうしたんだ?」

寝惚けた声を聞いて、必死になっていた自分が恥ずかしくなり、ソファーの横に座り込んだ。

「“どうしたんだ”、じゃないですよ…。なんでこんな所で寝てたんですか…」

ご丁寧にライトのコンセントまで抜いて。
ロックオンは湿った自らの髪を指に絡めながら苦笑して答える。

「いやぁ、寝るつもりはなかったんだが、シャワー浴びて髪が乾くまでここで雑誌でも読んでよう
 と思ったら寝ちまったみたいだ」

「ドライヤーを使えばよかったじゃないですか…」

「馬鹿言え。真夜中にドライヤーなんか使ったら煩くてお前を起こしちまうだろ」

ロックオンの答えに本格的に溜め息を吐いた。動かした左手に床に落ちた雑誌が当たる。ライトの
コードに沿って落ちたそれが、コンセントを抜いた犯人とわかる。

「ロックオン…――」

膝で立ち、ソファーの上に起き上がった彼の頬に手を伸ばした。優しく引き寄せて頭を抱く。

「びっくりさせないで。僕、貴方が死んでしまったかと思った…」

「おいおい、ひどいな。俺はまだ死ぬ気はねぇよ」

一旦、腕を離して彼の顔を見る。そしてソファーに手をついて立つと彼の膝を抱えて横に座り、ロ
ックオンを自分の膝の上に横向きに座らせた。

「僕を置いて、いかないでね」

こつん、と額を当てたロックオンの瞳は潤んで、困ったように笑う。

「それは俺もだ。無理して、無茶して、俺を置いていったら承知しねぇからな…」



それからどちらからともなく唇を重ね合い、

「ね…ロックオン」

「ん…?」

心地よい静寂をなるべく壊さぬように、静かに声を発する。

「今日、一緒に寝てください」

「寝る、だけだな?」

途端に慎重になるロックオンにクスと笑みをこぼしながら「はい」と頷く。

「怖い夢、見たんですよ、さっき。貴方と一緒ならもう見ないかな、なんて」

突然、子どものようなことを言い出したので、今度はロックオンが笑ってしまった。

「わ、笑わないでくださいよ。本当に嫌な夢だったんですから…!」

「悪い悪い…――あぁ、だからあんな勘違いを‥‥。いいよ、アレルヤ。一緒に寝よう」



明日はオフ。だけど、ただ寝るだけだよ。

あぁ、でも少しだけ‥‥。



お互いの躯にキスマークを一つずつ残して。



さぁ、おやすみなさい――




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定番の作者の無理矢理勘違いシナリオ(苦笑)
このシリーズは無理矢理勘違いの多いシリーズになりますが、よろしくおねがいします。

2008/03/01

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