ただ一人の中の孤独



「く、くくっ‥‥」

血だらけのワイシャツ。制服の上着は砂まみれでとてもじゃないが着られない。

「くくく‥‥!」

「う、うぅ…」

足元で呻く男。制服はボロボロで額からは血を流している。

「はンっ!」

「ぐはっ…!」

脇腹を蹴り飛ばし、壁際に退かす。

『やめて‥‥』

「うるせぇぞ」

口の中を切ったらしい。血を吐き出してそう言い捨てる。

「くそ‥‥ぉぉぉ!」

フラフラと殴りかかってくる野郎には、ポケットに手を入れたままその場で跳び、右足を振り抜い
た。立つのもやっとだったらしい男は簡単に柱に打ちつけられて沈黙する。

「クククッ‥‥弱ぇ弱ぇ…アハハハッ!!」

『やめてくれ…ハレルヤ…!』

チッ、と舌打ちした。頭の中で響く、もう一人の自分の声に苛立ちが募る。

「うるせぇつってんだろ。何が不満だ?制服を汚したことか?雑魚を逃がしたことか?」

『どうしてこんな酷い事をするんだ』

「酷い事?コイツらを半殺しにしたことか?――おいおい、冗談だろアレルヤ。これはお前が望ん
 だことだろうが」

『僕はこんな事望んでない!!』

もう一人の自分が頭を振って否定する。俺は鼻で笑って幻影のもう一人の自分を指さした。

「嘘を吐くなよ。孤児院のガキ共を狙ってカツアゲやらリンチされてるからってコイツらの溜まり
 場に来たのはお前の意思だぜ?」

『そうだけど、僕は喧嘩をするために来たんじゃない!!話し合いで解決を…――

「アハハハハハッ!!」

アレルヤは俺が笑い出したので怪訝な目で俺を見る。

「馬鹿かお前!?コイツらに話し合いなんてぬるい交渉は通じやしない!――孤児院の院長の怪我、
 本当に階段でコケたと思ってた訳じゃねぇだろうな!?」

『それは…――』

「通じやしないんだよ!」

片手を上げて、背後から拳を振り上げた男の腕を捕まえて、腹に膝蹴りを見舞う。

「目には目を。歯には歯を。力には力を、だ!!単純明快!力でねじ伏せるんだよコイツらは!!」

そしてゴミのように投げ捨てた。

『やめてくれ!やめろハレルヤ!!』

アレルヤが女々しい声で泣きながら叫ぶ。
奴は気づいてないだろうが、新しく人の気配が近づいてきている。

「お前がやらないから俺がやるんだ!お前が逃げるから俺がやってやるんだろ!?」





――お前にさせたくないから、俺がやるんだろ‥‥?

それしか俺にできることはない






『え…?』

その時、外で複数の足音が止まった。

「アレルヤ!無事か、アレ…ル――」

セルゲイと学校の担任、孤児院の手伝いをしているシスター。俺をアレルヤの精神障害扱いする大
人共がぞろぞろと廃工場の入口に姿を現した。

「ひどい‥‥」

「すぐに救急車を!」

シスターと担任が苦しげに呻いている他校の不良にそれぞれ駆け寄って何か言っている。
俺は落ちた上着と鞄を拾って砂ぼこりを落としていた。
セルゲイは真っ直ぐこちらに向かって歩いてくると、俺を威圧的に見下ろして「ハレルヤ」と言う。

「よぉ」

「これはお前がやったのか」

「アレルヤができると思うか?」

「お前がやったのかと訊いている」

「――そうだよ」

『事実はそうだけど、違うんですセルゲイさん!ハレルヤは初めに殴られて気絶した僕に代わって、
 僕を守ってくれただけで…!』

セルゲイの問いにしぶしぶ答えると俺の中でアレルヤが訴えた。セルゲイには聞こえていない。
悔しかったら体の主導権を奪ってみせろ。

「此処に来たのはお前の意思か」

「まぁな」

『違う!何故だハレルヤ!?どうして本当のことを言わない!?』

嘘は吐いてないぜ?コイツらを殺ろうとしたのは俺の意思だ。

「君!大丈夫!?」

その時、セルゲイの向こうで、シスターが一人の男を支えて立ち上がる。

『あっ…』

「アイツ…!!」

初めに伸した男だ。アレルヤをいきなり殴った野郎。
一発しか殴らなかったからな。綺麗な顔してやがる。
足元に転がっていた鉄パイプを蹴り上げて手に持つと、その男めがけて一直線に駆け出した。

「おまえぇぇっ!!」

「ハレルヤ!!」

ぐん、と体が後ろに引かれる。セルゲイに襟首を掴まれて拘束されたようだ。
首筋に痛みが疾り、途端に意識が遠のく。強力な麻酔を射たれたらしい。

「て…め‥‥!」

ガラン。鉄パイプが地面に落ちて音を立てる。その音すら上手く聞き取れない。
セルゲイが口を開いた。

「やはり、“ハレルヤ”は凶暴過ぎて危険だ。アレルヤにも悪い影響しか与えない。――シスター、
 先程の話の精神科医を紹介していただけますか?」



――なるほど。俺を消すのか。よかったな、アレルヤ。これで漸く、疫病神とはおさらばだぜ。

視界が揺らぐ、意識を保つのももう限界だ。きっとアレルヤも同じだろう。

『――ハレルヤ…』

――お、まだ起きてたか。

『ハレルヤ…ごめん』

――…?

『怒鳴ったりして、ごめんよ。助けてくれたんだろう?ありがとう。僕が殴られたの、怒ってくれ
 たんだね。ありがとう、ハレルヤ』

――…どうしてそう思う?

『だって、僕、ハレルヤが好きだもの。大事な大事な、僕の家族だもの…』

――セルゲイは俺を消すことに決めたぞ。どうする気だ?

『僕が願わなきゃ、君は消えない。消させはしないよ』

――…そうか

言葉が一旦途切れる。反応のしようがない。
喜ぶとか感謝するなんてのは、俺は知らない。
それがわかっているんだかどうなんだか、アレルヤは暢気に言った。

『あぁ…眠いね、ハレルヤ。起きたらまた…話そ、う…ね…』

アレルヤの意識が落ちた。俺も後を追うように瞼を閉じる。



――アレルヤ…。お前が俺を理解してくれて‥‥俺は…苦しいよ…。



嬉しくて、
お前だけが認めてくれて‥‥。
だから、
俺はお前の中にしかいなくて



苦しいよ…。




温もりを伴った新しい孤独






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どうしてアレルヤはハレルヤの優しさに気づかなかったんだか、不思議でしょうがない(FSにおいて)
このお話はアレルヤ・ハレルヤが中学生だか高校生の頃のお話です。
あ、この後でパトリックに出会う筈だから中学生ですね。

2007/12/17

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