抱きしめて 一人きりになった家。 ロックオンはコーヒーを傍らにパソコンを叩いていたが、やおら立ち上がるとパソコンの電源を落 として部屋の電気もすべて消した。 「(駄目だ…。怖くて起きていられない…)」 起きていると親がテロで死んだあの時のことばかりが頭に浮かぶ。 ――早く朝になれ…。クリスマスなんて早く終わってくれ…。 コーヒーなんて飲むんじゃなかった、と深く後悔する。 毛布の端をきつく握りしめ、瞼の裏に浮かぶ瓦礫の山を打ち消して、ロックオンはなんとか眠りに つこうと目を閉じた。 カタン… リビングの方で物音がした。 反射的に枕元のデリンジャーを手に取る。 「(お客さんか…?気を紛れさせるにはちょうどいい)」 ベットが軋まないように注意を払いながら起き上がる。そっと部屋の扉を引いてリビングの様子を 伺った。 リビングの椅子に影がある。何かが腰かけているような、子どもくらいの大きさの影。 部屋に戻る前にはなかったものだ。 「‥‥‥‥?」 訝しく思いながらデリンジャーを構えて慎重に歩を進める。 近くまで来て、銃を下ろしたロックオンは其処にあった影の正体に肩の力が抜けた。 「――…クマ?」 テーブルに手を乗せて、椅子に腰かけさせられていたのは大きなテディベア。 首には可愛らしいリボンが結ばれていて、よく見ると胸にカードが縫い留められていた。 “Merry Christmas. Allelujah Hallelujah” 「アイツら‥‥」 呟く。 胸が締めつけられる。 テディベアを胸に抱くと、嗚咽を堪えるように顔を埋めた。 ◇ クリスマスは養父のセルゲイと過ごすと決めてあったのは偽りなかったが、ロックオンの家を出た アレルヤはすぐさまセルゲイに連絡し、今夜は帰れない、連絡が直前になってしまって申し訳ない、 といきなりのキャンセルを詫びた。 すぐに町中の店をまわってテディベアを探す。目当ての大きさのものを見つけたのは隣の隣の町で。 急いでロックオンの住むマンションまで戻ると既に日付が変わってしまっていた。 1時半。マンションの下から見た様子ではロックオンの部屋の明かりは消えていた。 エレベーターで上まで行くと音を立てないように合鍵を鍵穴に差し込んだ。 『夜這い』 「(違うよっ!!)」 ハレルヤの声に小声で答えて、気配を消してロックオンの家に忍び込む。 リビングの椅子にテディベアを座らせ、さて後は部屋から出ていくだけ、となった時 カタン 「(あっ!)」 『ヤバっ…』 ちゃんとしまわれていなかったらしい合鍵がテーブルの上に落ちた。 『ロックオンなら気づく。どうするアレルヤ』 「(取り敢えず隠れるよ!)」 アレルヤはリビングに隣接する部屋に身を潜め、様子を伺う。 同時にロックオンが姿を現し、テディベアに気づくと、構えていた銃を下ろし、不思議そうにその クマを持ち上げた。 「(どのタイミングで出ていこう‥‥)」 下手に隠れてしまったせいで出て行くタイミングを逃してしまった二人。 『馬鹿』 「(ハレルヤだって止めなかったじゃないか)」 『‥‥‥‥‥』 アレルヤとハレルヤが喧嘩していることなんて微塵も気づいていないロックオン。テディベアを抱 きしめ、顔を埋めた。 「――――」 ロックオンが何かを言った。 アレルヤとハレルヤは耳を澄ませる。 「――…っ、く‥‥っ」 ロックオンが溢したのは言葉ではなく、涙だった。 アレルヤは隠れていた部屋から出ると、なるべく優しく声をかける。 「ロックオン…?」 「っ!?――…あ、アレルヤ、か」 振り返るロックオン。慌てて目元を拭ったが、涙の跡は隠しきれない。 「どうした?――って、コレを届けに来てくれたんだよな。ちょっと待っててくれ!俺も二人に渡 したいものがあるんだ」 「あっ、ロッ…ク、オン‥‥」 アレルヤが呼び止める間もなく、ロックオンはリビングを出て行ってしまう。その表情が、アレル ヤに心配をかけさせまいと無理に笑顔でいるのがとても辛い。 スタンドの灯りだけ点けて待っていると、二つのマフラーを持ってロックオンは戻ってきた。 「ごめんな、二人が帰ってから編みあがったんだ。やっぱり二人一緒に渡さないと意味がないと思 って…」 白にネイビーブルーの細いラインが入ったマフラーをアレルヤの首にかけ、もう一つの黒にオレン ジの細いラインの入ったマフラーはアレルヤの手に持たせた。 「こっちはハレルヤの分。Merry Christmas!」 ロックオンは笑う。すぐに後ろを向いて隠さなければもたないような脆い笑顔で。 背を見せた彼はプレゼントしたテディベアを腕に抱いた。――震えた指を、肩を、誤魔化すように。 「こんなでかいテディベア、よく見つけてきたなー。高かっただろ?あんまないんだよなー、この サイズのヤツは」 『ロックオン…』 「これからお前らがいない時はコイツを代わりにするよ。あはは、これでもう寂しい思いしなくて 済むな!」 「ロックオン…」 ぎゅぅっ、とアレルヤはロックオンを後ろから抱きしめた。 「っ‥‥‥!」 強がりを続ける為にいつもよりお喋りになる姿に耐えきれない。 「ごめんね、ロックオン」 「――…なにが、だ…?」 「余計に辛くさせちゃったみたいだ。僕たち、ロックオンを泣かせるつもりなんてなかったのに…」 「泣かせる?誰が泣いたって?泣いてなんていねぇよ。泣い…て、泣いて‥‥なんか…っ」 つ、とロックオンの頬を滴が落ちた。 「――…ロックオン」 アレルヤは優しく彼を呼ぶ。 するとロックオンは僅かに息を詰めて、次いでアレルヤの腕の中で振り返るとそのまま抱きついた。 「アレルヤ!ハレルヤ!」 アレルヤの肩がロックオンの涙に濡れる。 「お前ら、ちゃんと此処にいるよな!?俺の夢じゃないよな!?」 「いるよ。ちゃんと此処にいます。夢じゃないですよ」 アレルヤはロックオンの背を撫でながら囁いた。 額をアレルヤの肩に押しつけるようにして、ロックオンは震える声でぽつりぽつり、言葉を紡ぐ。 「怖いん、だ…。クリスマスの頃になると…大事な人が…消えていく、気がして…。お前らが、死 んじまうんじゃないか、って…!」 「どうして…?何が貴方をそんなに怖がらせるんですか…?」 僅かに顔を上げるロックオン。翡翠色の瞳は虚空を見つめ、消えない過去を語り出す。 「俺はガキの頃に両親をテロで亡くした、って言ったよな?」 ロックオンを優しく抱きしめたまま、アレルヤはゆっくり頷いた。 「――…イブ、だったんだ。死んだの…。プレゼントを買ってもらって、帰る途中…俺は…迷子に なって…はぐれて、駐車場で振り返っ、たら‥‥っ!」 細い躯が震え出す。 半ばパニックになりながら、それでも過去を吐き出すのが止められない。 「すごい音がして…目の前で建物が崩れて…頭が痛くて…血の、匂いが…して‥‥っっ」 涙混じりの声に、アレルヤはロックオンの頭を抱き寄せた。 「わかった。わかりましたから、もういいですよ。怖かったですね…辛かった、ですね…っ」 ロックオンの頭を撫でてやる。ふと感じた違和感に指を止めた。 「傷…あと‥‥?」 そう呟いたアレルヤの手を、ロックオンの左手が包む。――いつもの手袋の感触はない。 「テロの時、すぐ近くにいたから…。ガラスの破片で切ったんだ。――こっちは、刺さった…」 お互いに少し躯を離し、アレルヤは導かれたロックオンの左手に視線を落とした。 細かい切り傷の痕。その中心、手の甲の真ん中に大きな傷痕。 普段、手袋に隠れされた彼の手。白い、細い、綺麗な指。 右手は洗練された彫刻のように美しく、しかし左手は、まるでそれを妬んだ悪意によって傷つけら れたように痛ましい。 「見てて気分のいいもんじゃないだろ?だからいつもは手袋を外さないんだけど…」 涙の下から苦笑いを浮かべる。 「なぁ…」と静かな声でロックオンはアレルヤに呼びかけた。 「お願いがあるんだ」 「なんです?」 ロックオンはまた震えの戻ってきた自分の手を見つめて言葉を続ける。 ――…ニール 「え?」 「俺の…本当の名前。“ニール・ディランディ”」 消えるような声でロックオンは告げた。 「呼ぶのは、今まで通り“ロックオン”でいい。いや、そうじゃなきゃいけない。俺はもう“ニー ル”には戻れないから…。でも、知ってて欲しいんだ‥‥」 ――汚れてなかった頃の俺を 震える言葉の一つ一つをアレルヤは大事に拾って、うつ向きかけたロックオンの頬に指を添える。 輪郭をなぞって、ひと房の髪に指を絡ませた。 「わかった。覚えてる」 「ありがとう…――もう一つ、お願いしていいか?」 「なに?」 「――…もう一度、俺を抱きしめて‥‥」 アレルヤは涙を溜めたロックオンの瞳を見つめて頷き、左手を腰にまわして細い躯を抱き寄せた。 右手を脇の下から差し入れて頭を抱く。 『「ロックオン…」』 「アレルヤ…ハレルヤ‥‥」 二人分の温もりを感じてロックオンの躯の緊張がやっと解ける。 ふいにずるり、と足の力が抜けた細い躯がアレルヤの腕をすり抜けそうになる。咄嗟に支え直し て、アレルヤとロックオンはゆっくりと床に座った。 「あ…り、がと…う‥‥」 アレルヤの耳に触れるくらいの近さでロックオンの唇はそう言うと、意識を手放して眠りに落ち た。 思えば、一ヶ月前よりロックオンの躯は痩せた気がする。 クリスマスが近づくにつれて、両親を亡くす悪夢に魘されてきたのだろうか。 クリスマスを一人で過ごしていた頃はどんなに辛い思いをしてきたのだろうか。 「もう怖くないよ。僕たちが一緒にいるからね」 『俺たちだって孤独だったんだ。アンタの存在がどれだけ俺たちの救いになってるか、わかってる か、ロックオン…』 アレルヤとハレルヤの心が暖かく――すがるように――守るようにロックオンを抱きしめる。 ぎゅっと、そっと、 ずっと抱きしめる ------------------------------------------------------------------------------------------- メリークリスマスvでもやっぱりクリスマスプレゼントがつまらなくてすみません・・・(汗) これを書いた時はロックオンの手袋の下は傷が残ってたりしないかなぁってずっと思ってました。 ロックオンのご両親と妹さんの命日っていつなんでしょうね? ともあれ、これからは寂しくないよ、ロックオン(^-^) 2007/12/25 |