「ナナシ、出掛けるぞ」

「それはどうにも急だな?」

「いいから行くぞ!」

ナナシの手を引いて俺は部屋を出る。仕方ない、といった風について来るナナシに少しだけ腹が立っ
た。

「どこに行くんだ?」

「弁当屋」

「弁当屋?」

ナナシを車の後部座席に誘って、俺は運転席に乗り込む。エンジンをかけた。

「ニールが呼んでる。アレルヤも。俺も、アンタをそこに連れて行きたい」

「なんとも妙なドライブだ」

クスクスと笑うナナシ。無気力なのにも程がある。ぼんやりと窓の外を眺めているナナシをバックミ
ラー越しに見て、

「会わせたい奴がいるんだよ」

そう言った時にナナシの表情に一瞬だけ映った動揺を、俺は見逃さなかった。
俺はあとは黙ってアクセルを踏み込む。

 ◇

「あ、ライル」

「ニール。ナナシ連れてきた」

商店街には許可された車以外は入れないので、俺は近くの駐車場に車を停めてからナナシを引っ張っ
て、前もって知らされていたAEU弁当の店にやって来た。

「うわ、ロックオンがもう一人」

「あ、パトリックは会うの初めてなんだっけ。ロックオンの双子のお兄さんだよ」

アレルヤが紹介するのに合わせて、俺はパトリックという男を一瞥する。

「よろしくな」

「お、おぉ!よろしくな!!」

一瞬だけ驚いたようだが、パトリックはすぐに笑顔を向けてきた。
俺は無言でニールの方を見る。するとニールは俺が問いたいことを察したように答えた。

「買い出しに出ちまったらしい。俺たちもすれ違いになっちまったんだ」

「そうか」

「でももうすぐ帰ってくんぜ。親父に聞いた買い出しの量なら、大して時間かかんねぇ筈だから」

まぁそれまで中で茶でも飲んでろよ、とパトリックは俺たちを店の中に導く。
いつまでも店の前にいるのは確かに迷惑をかける。俺たちは大人しくパトリックの後について行った。



暫くして店の方で扉の開く音がする。まずパトリックが出て行った。

「いらっしゃいませー!今日は何にする?日替わりはおろしいわしバーグ弁当だぜ」

知らず緊張した体が解れる。どうやら客だったらしい。
だが、

「店はいいから奥行けよ。アンタに客だ」

と言うパトリックの声が聞こえる。緊張を持ち直す前に、俺たちの待っていた男が姿を現した。

「あれ、お前ら…?――…どうしたナナシ、元気なさそうだな」

「、ゲイリー…!」

「ん?」

取り敢えず、といった様子で、ゲイリーはナナシに近づくとあっさりとナナシを抱き寄せる。

「っっっ!!」

珍しく驚愕を露に慌てたナナシがゲイリーの肩を押し返して、向かい合ったかと思えばナナシは右手
を振り上げ、

「あ」

バッチーン!とデカイ音がするほどの強烈なビンタをお見舞いした。俺は思わず片目を瞑ってしまう。
眼帯で隠してたからあまり意味はないけど。

「いっってぇぇぇぇ!!」

ゲイリーは涙目になってナナシを振り返る。手で押さえた頬が真っ赤でかなり痛そう。

「何すんだよいきなり!」

いや、原因はアンタにあると思うぞ、俺は―――俺とニールは。
ニールも恐らく俺と同じこと思ってる。少なくとも俺にはそう見えた。
まぁ、ナイフよりマシだと思えよゲイリー。

とにかく、俺はもう一度ナナシを見る。誰がどう見てもナナシはかなり機嫌が悪そうだった。

「お前…こんな所で何をしているんだ‥‥!」

「何って‥‥バイト」

押し殺した声のナナシにゲイリーは飄々と答える。再びナナシのビンタが炸裂した。今日は二発もナ
ナシのビンタが見られるなんて新鮮な日だ。―――ニールが俺の考えてること読んで「他人事だと思
って…」って顔してるけど知らんぷりする。
ナナシは怒りに震えた声でゲイリーに詰め寄った。

「お前…――居るって…言ったじゃないか。なのになんでいなくなったんだ!!」



――あれ?なんかナナシ、おかしくない?

可愛くなってない‥‥?



「ロックオン、ライル‥‥」

「え?アレルヤ…?」

「ん、なんだよっ…」

ふいにアレルヤが俺とニールの腕を引っ張った。

「向こうに行ってましょう、ね?」

よくKYと言われるアレルヤがそんなことを言うなんて…。それで俺は思う。アレルヤは空気が読め
ないんじゃなくて、天才的に間が悪いだけなんだって。

俺とニールはアレルヤに促されるまま部屋を出た――。



  ◇



「ナナシ…――?」

ふるふると震えている肩に手を伸ばすと容赦なく振り払われた。

「触るな。お前なんか…知らない‥‥」

「おい、なに拗ねてんだよ」

「誰が拗ねてる」

――お前がだろうが‥‥。
両手で頭を掻きむしりたいのをなんとか我慢して訊ねる。

「なんで怒ってんだ。俺が悪いならちゃんと謝るからさ、話してくれよ」

ナナシは切れ長の瞳で俺を睨みつけながら一息で言った。

「お前はずっと俺の傍にいると言ったのにいなくなって、こんなところでアルバイトをしていた」

「だから怒ってんのかよ」

ナナシは軽く頷く。

「そんなに俺に傍にいて欲しかったのか?」

「っ、違‥‥っ!」

「俺、ちゃんとお前の傍にいたぜ…?」

「‥‥!?」

俺は静かに腕を伸ばし、ナナシの頬に触れた。柔らかく滑らかな肌は相変わらず体温が低い。

「毎晩、お前の寝顔見に行ってたんだけど。気づいてなかったのか?」

見開いたナナシの瞳が知らない、と訴えている。俺はしょうがない奴だなぁ、と笑った。

「俺はソレスタルビーイングの屋敷にちゃんと居るよ。ただ、ミッションがないと屋敷にはほとんど
 人がいないから俺の仕事もなくって、そうすると暇になるからここの弁当屋に雇ってもらったんだ。」

スルスルとナナシの頬を撫でる。ナナシは少しだけ擽ったそうに眉をしかめたが、今度は振り払われ
ることはなかった。

「けどそしたら今度は朝から晩まで忙しくなっちまって、お前に会いに行けるのが夜しかなくなっち
 まったんだ」

「夜…お前は俺の部屋に来ていたのか‥‥?」

「毎晩行ってたぜ。見てて辛そうな、悲しそうな顔して寝てるから、俺はいつもお前の手ェ握って頭
 撫でて、なんとなく安心したような顔つきになったら“おやすみ”言って部屋に戻ってたんだ」

ナナシは小さな声で「知らない」と言った。それからもう一度大きな声で。

「知らない!俺はそんなこと知らなかった…!俺は‥‥お前に、置いていかれたんだと…――また、
 いなくなってしまったんだと‥‥!!」

ナナシの頬に触れていた手が、ナナシの涙で濡れた。俺は指を動かしてその涙をそっと拭った。

「俺はずっと傍にいたよ。お前、こんなに弱っちいのに、置いてどっかに行けるかよ」

「弱い、なんて…言われたことない‥‥!!」

「それはお前が強すぎるから」

俺は、本当はすごく華奢な肩をゆっくりと抱き寄せた。細い体が腕の中に馴染むように徐々に緊張を
といて、体重を委ねてくる。

「誰にも強く見せようとして――実際、お前は誰から見ても本当に強い奴で――でも誰にも弱くは見
 せられなくて‥‥」

なんで俺は会ってからまだ一ヶ月経つか経たないかのナナシのことをこんなによくわかってしまうん
だろう。
サーシェスのクローンだからか。はたまた前世か別の世界ででもナナシに会っていたからか。

「そんな奴置いて、どこにも行けねぇよ」

頭を撫でていた手を動かし、ナナシの顎を捉えた。

「愛してるナナシ。淋しい思いさせてたなら、悪かったな」

俺は優しく包むようにナナシの唇にキスをした。
優しく、暖めるようにナナシの体を心ごと抱きしめた。

「ゲイリー…――」



ナナシがそう簡単に“愛してる”と言えない歪みを持っていることも、俺は知ってる。

だから俺は、ナナシがただ俺の名前を呼んで俺を受け入れてくれるだけでいい。

心のどっかでサーシェスと重ねて恐れている筈の俺に、弱さを見せてくれるだけでいい。

愛に歳の差なんて関係ない。



「ゲイリー…――ありがとう」

そうやって俺を頼ってくれることが、俺は愛されてるって思えることなんだ――。



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早速DVきましたね(苦笑)
これからもっとひどくなるよゲイリー、頑張れ★
18歳×38歳?歳の差なんて関係ない!!

2008/06/03

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