ソレスタルビーイングの屋敷をフラフラしていたライル。階段のホールに一人の子どもを見つける。 その子どもはハロを抱えていた。 「ニールのハロ…?アレルヤの保育園の子どもか?」 ライルの呟きに反応して振り返る子ども。真っ黒なサラサラの髪を一つに結んで、細い腕に一生懸命ハ ロを抱えた子どもは黒曜石の瞳でライルを見上げた。 ライルはしゃがんで目線の高さを合わせてやりながら微笑みかける。 「こんにちは」 「…こんにちは‥‥」 「どうした?迷子か?ニールとアレルヤの部屋なら上の階だぜ」 ライルの言葉に子どもは首を振った。 「ん?二人に連れられて来たんじゃないのか?」 「マイゴ!マイゴ!ウチカエル!ウチカエル!」 「!ハロ、しゃべるな!じゅうでんが切れちゃう!」 子どもはギュッとハロを抱きしめる。けれどハロは子どもの制止を聞かずに目を点滅させて答えた。 「ナナシ、ツレテッテ!ナナシ、マイゴ、ツレテッテ!ツレテッテ!」 「ハロ!」 それきり、ハロは沈黙してしまう。 ライルは意外な表情をして子どもを見下ろした。 「ナナシ?お前ナナシに連れられて来…――」 そこでライルはまじまじと子どもの容姿を見つめる。 「あれ、え?ちょっと待って…、ちょっと…待っ…――」 言葉の途中でライルは子どもを抱き上げると急に廊下をダッシュし、階段を駆け上がった。 「ナナシ!!」 バタン!!とナナシの部屋の扉を勢いよく開く。 部屋の中ではナナシが椅子に腰かけてナイフの手入れをしていた。 「どうしたんだいライル坊や。落ち着きがな 「ナナシィィ!!お前いつの間に産んだんだ!?相手は誰だ!?ゲイリーか!?――いや、この子の歳を考えた らそれはないか――アリーか!?ハッ、まさかモレノかぁぁぁぁ!!!?」 「待て。落ち着きなさい、ライル」 「これが落ち着いてられるか!!」 ちょうどその時、廊下からゲイリーが顔を覗かせる。 「よー、どうしたんだライル坊。廊下まで声響いてっぜ」 「大変だゲイリー!!モレノがナナシを孕ませた!!」 「は?何を馬鹿な…」 「この子の容姿を見ろ!!ナナシにそっくりじゃないか!!」 ライルは抱っこしていた子どもをゲイリーに見せつけるように差し出した。思わず受け取って抱っこす るゲイリー。 「‥‥‥俺は… 「やべぇ…」 子どもが何か言いかけたのを遮りゲイリーが呟く。 ゲイリーはぎぎぎ、とナナシのほうを向き、冷や汗をだらだら流して言った。 「――…悪いナナシ。避妊しなかった」 「阿呆…!!」 ナナシはゲイリーに向けて飲み終わったコーヒーカップの受け皿を投げつけた。垂直にゲイリーの額に 当たった受け皿が、子どもに落ちる前にライルが子どもを受け取る。 「いっって…!!だって俺とナナシの子どもだから顔はナナシ似で成長が早いんだろ!?それともまさか本 当にモレノの子どもなのかよ!!」 「そうだ」 「はァ!?マジかよ‥‥ってあれ?今のは――」 三人の目がライルに抱かれた子どもに向けられる。子どもは淡々と述べた。 「俺はモレノとヴァスティの家の子だ」 「3Pかげふっ!!」 「お前は少し黙れ」 子どもの発言に対してまだ何か暴走を続けようとしたゲイリーの腹に蹴りを入れて、ナナシはライルの 腕の中にいる子どもと向かい合う。 くりん、とした両目がナナシを見た。 「――…お前の名前は“ナナシ”だな…?」 子どもはコクン、と頷く。 「「え!?」」 「ナナシ…ナナシ・ヴァスティ」 「ヴァスティって…イアンのおやっさんの‥‥」 ライルの言葉に今度はナナシが頷いた。 「やはりな…。此処はお前の元いた世界じゃない」 ライルに子どもを下ろすように言い、テーブルに広げていたナイフの手入れが終わったものを数本、腰 に仕込む。それからジャケットを羽織ると部屋の出口に足を向けた。 「来なさい。俺やニール坊や達が別の世界に飛ばされた時からヴァスティがそういう研究をしている。 何か成果があるかもしれない」 スタスタと部屋を横切るナナシの後に続いて小さいナナシがハロを抱えて小走りに追いかける。 「ゲイリー、お前も来い。お前は向こうの世界のアリーと波長が似ているようだから、俺とお前がいれ ば幾分世界が繋がりやすいかもしれない」 「へ?あぁ、うん…」 「ちょっ、俺は!?」 「ニール坊やに何か異変がないか連絡を。飛ばされたのがこの子だけとは限らない」 「じゃなくて!!またゲイリーだけかよ!俺が先にナナシを…!!」 それ以上の言葉を遮るようにナナシは小さいナナシを廊下に出してからライルの唇を塞いだ。己の唇に よって。 「俺はお前も頼りにしているよ」 そう言って微笑むナナシ。踵を返したナナシの腕を掴み、服の襟を引き寄せて、今度はライルがナナシ の唇を奪う。 「――アンタが俺を頼りにしているのは確かだ。けど、ゲイリーにしているのは“依存”だろう?」 ライルの翡翠色の隻眼がナナシを射抜いた。 ナナシは一瞬だけ目を見開く。 「流石だね、ライル坊や」 自嘲のような笑みを浮かべ、ライルに背を向けた。 「ニールに連絡を頼んだよ」 ライルもまたナナシを振り切るように背を向ける。 ゲイリーは廊下と部屋の間に立って二人の様子を眺めていた。 「行くぞゲイリー。…待たせたな、来なさい」 ゲイリーの脇をすり抜けて、ナナシは幼いナナシの手を取る。 「ハロのじゅうでんも出来るか?」 「あぁ。待っていなさい」 「わかった」 ライルを残し、三人はイアンの技術部屋に向かった。 -------------------------------------------------------------------------------------------- 続きそうだけど続かないよ! 2008/06/13 |