Encounter with“fortune”



ゲイリーは通りの店に温かいスープを買いに行っている。午後になって一層冷えてきたので、取引の時
間まで凍えないようにだ。
取引の指定場所は此処ではないが近い場所ではある。
ナナシは通りの向こうでスープを注文しているゲイリーを視界の端に収めながら、ビルの壁に寄りかか
る。
壁は一面、鏡になっていて所々が普通のタイル張りになっていた。ナナシはそのタイル張りの部分に背
を預けている。
ふいに、なんとはなしに視線を鏡の方に向けた。体を壁から離して鏡と向かい合う。そこには勿論ナナ
シの姿が映っていた。
ただまじまじと己の姿を凝視する。

――端から見たらただのナルシストだ。

そのことに気づいたナナシが自分の鏡像から視線を逸らせようとした時、微妙な違和感を覚えた。

「なんだ‥‥?」

右手を鏡に向けて伸ばす。指先が触れ、そこに感じたのは微かな温もりだった。ナナシはハッと目の前
の己を見る。

「お前…!」

――否、目の前の自分は自分じゃない“自分”だった。

つまり数年前に出会い、別れた別世界の自分。

『元気そうだな』

声は聞こえないが、何故かそう言っている気がした。

「あぁ…おかげさまで」

そう答えると向こうの“ナナシ”はニコリと微笑む。ほんの僅かな笑みだ。それが向こうの“ナナシ”
にはそれが容易に出来る。
数ヵ月前にはナナシにはできなかった表情。
“ナナシ”に釣られてナナシもまた微笑みを浮かべた。

「伝えたいことがあったんだ」

ナナシは鏡に額を寄せる。

『なんだ?』

“ナナシ”も鏡に額を寄せた。

「俺も、会えたんだ…。お前と同じ“幸せ”に」

視界の端にゲイリーが―――そして別世界のアリーが―――ナナシの元に向かって歩いて来るのが見え
る。

『よかったな』

“ナナシ”はそれを見てホッとした様子で呟いた。

「ナナシー、何してんだ?スープ買ってきたぞ」

背後に立ったゲイリーがナナシに呼びかける。
ナナシは右手を鏡についたままゲイリーを振り返った。鏡の向こうにはまだ“自分”の温もりがある。
“彼ら”はまだそこにいる。



――伝えたい。

自分の出会った“幸せ”を…――



ナナシはゲイリーの首に手を掛け引き寄せると、少し背伸びをしてゲイリーの唇にキスをした。

「!!?」

ゲイリーは驚いて体が硬直している。ナナシは目を開いて鏡の“自分”に視線を移した。
“ナナシ”もまた、ナナシに遅れて“アリー”に口づけを送る。やはり“アリー”も突然のナナシから
の口づけにあたふたしていた。

「幸せだよ、俺は」

『俺も、幸せだ』

二人のナナシは互いに笑い合う。
右手の指先を離す寸前、向こうの“アリー”がナナシを見た。どうやら“アリー”は鏡の仕組みに気づ
いたらしい。
“アリー”は笑う。ナナシの幸せを祝うように。

「ありがとう‥‥」

“アリー”が“ナナシ”の頬にキスを落とした。

「どした、ナナシ」

ゲイリーがナナシの額にキスを落とす。



ナナシの指先が鏡から離れる。
世界は再び絶たれた。



「そういや、初めてナナシからキスしてくれたな」

ゲイリーは両手にスープの入った紙コップを持ってニヤニヤと笑っている。
ナナシはそれを一瞥して片方の紙コップを受け取ると、ニコリと笑ってみせた。

「珍しいことを体験したな。きっとお前、今日死ぬぞ」

「はァ!?ちょっ、縁起でもねぇこと言うなよ!!普通そこはせめて“雨が降る”とかだろ!?」

「安心しろ。お前が死んだら俺もお前を追って死ぬから」

淡々と無表情で告げるナナシにゲイリーは深くため息を吐く。手を伸ばしてナナシの肩を抱き寄せた。

「だからそういうこと言うんじゃねぇよ。恥ずかしいならそう言えばいい。絶対に笑わねぇからさ」

手に持った紙コップよりもゲイリーのほうが温かい。
それはきっと体温の問題じゃない。



――もう一人の俺、そしてアリー‥‥俺は幸せだよ…。



ゲイリーに出会えて幸せだ――



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なんていうか、アリナナはビアナナの姉夫婦みたいな…。


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