誰にも言えない秘密の生活 1 バーテンダー見習いとしてライルが店で働き始めてから、早くも一週間が過ぎた。二人で暮らすための 新しい住居も見つけ、週末には引っ越すことになっている。 二人での生活を始めてから、クラウスの疲労は溜まるばかりだった。 ライルの生活能力は掃除と洗濯に関しては特に文句はなかった。問題は台所仕事だ。 店の仕事を手伝わせている時は気づかなかったが、彼は子どもの手伝い並みのことしか満足に……いや、 それすら満足にできないらしい。 汚れのしつこい洗い物なんかは、やらせれば必ずどこかに汚れが残っているし、米をとがせれば水と 一緒に米粒も流してしまう始末。炒め物を任せればこぼすし、包丁を持たせれば危なっかしくて一人に できない。 「……ライル、君、自炊の経験は?」 「ないよ」 あっけらかんと答えられて、私は思わずキッチンに座り込んでしまった。 「だって、兄さんと暮らしてた時は、食事は兄さんの担当だったし……。夜の仕事始めてからはコンビ ニかお客さんに奢ってもらってたから……」 ライルは包丁をまな板に置いて、私の横に寄りかかりながら一緒に座る。 「教えてよ、クラウス。約束だろ」 顔を上げると、心細そうにこちらを見る青年の顔があった。 「あぁ、そうだな」 根気強く教えていかなくては……。そう誓ったのだから。 私は手を動かし、彼の頭を撫でてやると、途端に彼の表情はほころんで「クラウスっ!」と抱きついて きた。その勢いに尻餅をつく。大きなため息が口から出た。 「ライル……」 くりん、と彼の目がこちらを向く。 「危ないから、キッチンでは抱きつき禁止だ」 「はーい」 ピッと片腕を上げて返事をする姿は、まるで子どもだな、と思わず笑みがこぼれた。 そんな調子でライルに炊事の仕方を教え、スーパーマーケットでの買い物の仕方も教えた。そして外で はあまりむやみやたらと抱きつかないように、とも。 狭いベッドに男二人、ライルは人の温もりを求めるように、私の腕の中で小さくなって眠る。体を重ね たことは未だない。 ライルの中に何らかの恩返しをしたいという気持ちがあるのは感じているが、それは体を重ねてできる ことではないと自身が察しているため、ライルはそういう目的で私の腕の中にくることはない。 そして私も、ライルの肌にこの手を滑らせる覚悟がない。 ライルと出会ってからまだ一ヶ月。同居を始めてからまだ一週間だ。早すぎるのではないかと思ってし まう。 そしてもう一つの理由が彼に体を使うことをやめろと言ったことが、二度と男相手に体を重ねてはいけ ないという風に感じられて、自分から手を出すのはそれに矛盾するのではないかということだ。 その答えが自分の中で見つからない限り、私たちの関係が再び変わることはないだろう。 無垢な寝顔でむにゃむにゃと私の名前を呼ぶライルに笑みを漏らし、くるりと跳ねた髪を払ってやる。 「難しいな……」 そう呟いて、瞼を閉じた。 -------------------------------------------------------------------------------------------- 秘密シリーズは理屈ばっかりで頭がこんがらがりますよね……。 短編でしたが、今回はこの辺で。 2010.01.05 |